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2025年11月19日

中医学主要翻訳集

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東洋学術出版社に依頼されて翻訳発表したものの改訂版です。


 過去、東洋学術出版社に依頼され、「中医臨床」誌に発表したものです。

 現代中国医学(中医学)における「重要問題」あるいは「重要課題」あるいは「重要な研究文献」あるいは「重要な研究課題」といったもののなかから、村田自身が非常に参考になり、また今日でも繰り返し読み直すべきものだけを改訂して抄録するものです。

 また、常に「訳者のコメント」付きで発表して来ましたが、重要な考察として、今日でも価値は失われていないと自負するものは、改定増補して併記する予定です。

 それゆえ、このコーナーは、まったくの専門家向けといえますが、専門家といえども、最初は全くの素人からはじまったわけですから、専門外の方が読まれても、全く理解できないはずはありません。少なくとも多少のイメージは捉えることが出来るはずです。

 ともあれ、私自身の記録帳といった意味合いも大きいかもしれません。

◆No.001 「邪の湊るところ、その気は必ず虚す」の新解(改訳版) 瞿岳雲著
◆No.002 「邪気が盛んであれば必ず実」とは限らない(改訳版)瞿岳雲著
◆No.003 「 肝は下焦には属さず、中焦に属する(改訳版) 瞿岳雲著
◆No.004 「病が表にあればすべて表証」とは限らない(改訳版) 瞿岳雲著
posted by ヒゲジジイ at 15:34| 山口 ☁| 中医学主要翻訳集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月18日

「病が表にあればすべて表証」とは限らない(改訳版) 瞿岳雲著

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東洋学術出版社発行『中医臨床』1992年6月◎通巻49号に翻訳掲載


 八綱弁証における表と裏は、疾病の病位を区別する二つの綱領である。
 人体の肌膚・体表に発生した病症は、すべて表証であるのか否か?
 裏邪出表は、裏証が転化して表証となったものなのか?

 これらはとてもやさしい問題のようにみえて、その実、概念上の錯覚を生じやすいものである。


1.病が表にあればすべて表証とは限らない

 「表」とは、生体における部位上の「裏」に相対していわれるもので、一般的には皮毛・腠理・肌肉などの組織構造を指している。
 このため、多くの人はごく当然なこととして、「表証とは、病位が浅く肌膚に存在する一連の症候」、「病が皮毛・肌腠にあって病位が浅い場合は、表証に属する」(全国高等医薬院校中医専業試用教材『中医学基礎』)と考えられているが、これらは明らかに解剖学上の部位としての「表」を、病理概念上の「表証」と混同したものである。

 表証というのは、外感の邪が人体の肌表を侵犯し、悪寒・発熱(または悪寒のみでまだ発熱していない)・脈が浮などを主症とする一連の病理的症候を概括したものである。

 それゆえ、病症が肌膚・体表に現れる瘡・癤・瘙痒・斑疹・水疱・皮下水腫などは、必ずしもすべてが表証とは限らない。

 ところがもしも上述のように、解剖学上の「体表」と病理概念上の「表証」を安易に同等なものとしてしまうと、あらゆる皮膚上の瘡・癤・痒などの病態はすべて表証とされ、肌膚・腠理などに明白な病理変化を示さない病変は、すべて裏証ということになる。

 かくして、表証と裏証は病状にもとづいて弁証する必要がなくなり、単なる解剖学上の部位分け概念に堕してしまう。

 これでは明らかに弁証論治の原則と考え方にもとり、臨床的にも通用せず、理に適うものではない。

 実際には、「病位が表である」とされる表証は、単に理論上の抽象概念に過ぎず、その本質は生体が病邪に侵襲されて生じた、ある種の全身性の反応のことなのである。

 病理概念上の表証は、空間概念として、病因は「外邪」の感受、病位は「浅」で「肌膚・体表」。時間概念として、疾病の過程は「初期」「開始」段階。病の程度としては、病勢が比較的「軽度」、などが含まれている。
 そして同時に、表証に属するか否かの判断は、悪寒・発熱・脈浮などの病理現象を根拠とする。

 それゆえ、体表に現れる暗くくすんだ顔色・皮膚の黄疸・瘡・癤・瘙痒・肌膚甲錯(サメ肌)などの病症において、悪寒・発熱・脈浮などを伴わないときには、病位を肌膚・体表として局部症状にもとづいて論治することがあっても、表証と称することはできないのである。


2.裏邪出表は裏証が転変して表証となったのではない

 八綱弁証中の相互に対立する証候は、一定の条件のもとではその位置が容易に入れ替わるが、これを「証候転化」という。

 証候転化とは、特定の証候が他の証候に転化することで、病変の性質が変化し、現象と本質がすべて変換してしまうことである。

 このため、論治を行うときには、すでに変化した証候にもとづき、新たな治法を確定しなければならない。

 なかでも、表証・裏証における証候転化が、もっともよくみられる。
 疾病としての表証がまず現れ、その後に裏証が現れ、裏証の出現にともなって表証が消失するとき、表証が裏証に転化したという。

 たとえば、外感病の初期で悪寒・発熱・頭痛・身体の疼痛・舌苔が薄白・脈は浮などの表証が現れたとき、治療が適切でなかったり治療が遅れたりすると、表解しないまま正気が邪気に勝てず、病邪は皮毛・経絡を経由して臓腑に内伝し、引き続いて高熱・口渇・便秘・黄色の小便・舌質は紅・舌苔は黄・脈象が洪大などを生じ、表証から裏(熱)証に転化する。
 
 この時の治法は解表法ではなく清熱泄裏法であり、臨床上よくみられるものである。

 一方、「裏証が表証に転化する」といった現象は、臨床の実際においては絶対にあり得ず、「裏邪出表」があり得るのみである。

 裏証が表証に転化することを理論的に考えると、まず裏証があって後に表証が現れ、そして表証の出現にともなって裏証が消失した証候を指す。
 しかしながら、臨床的に裏証として内熱・煩躁・咳逆・胸悶などがあり、その後に汗が出て解熱し、煩躁が軽減したり、あるいは紅斑・小水疱が発生するなどは、病邪が裏から表に達した現象なのである。


 たとえば、麻疹(はしか)に罹患した小児で、体質虚弱や風寒外襲、あるいは涼薬の使用が早すぎ、衛気が鬱遏されたために、発疹が直ちに消え、高熱・咳喘・煩躁など疹毒内陥して外達できないことによる症状が現れることがる。

 この時、清熱透疹・托邪外出法を用いて治療を徹底し疹毒を外達っせると、斑疹が再び出て熱が下がり、呼吸が平静となる。

 これは裏証の病邪が裏から表に出たことを示し、疾病が進展変化する趨勢であり、決して裏証が表証に転化したものではない。

 この時の現象は、新たに外邪に感じて生じた疾病の初期段階ではなく、また悪寒・発熱・身体の疼痛・脈が浮など、表証としての特定の症候もない。

 治療法についても「その表にあるは、汗して之を発す」べきではなく、裏熱を清瀉して透疹すべきものであるから、表証ではなく裏証出表〔裏証が体表に出現したもの〕なのである。

 このように、裏証出表の「表」とは、解剖学上の生体における駆邪外出の経路の一つである「肌膚・体表」を指しており、病理概念上の「表証」を略称したものではない。
 ちょうと、張景岳が「病が表から入った場合は表証といえるが、内から外に及んだ場合は表証とはいえない」と述べた通りである。


参考文献
   朱分鋒: 『湖南中医学院学報』1981年第1号24頁

   
     出典: 『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)
ラベル:表証 裏証
posted by ヒゲジジイ at 16:25| 山口 ☁| 中医学主要翻訳集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月17日

肝は下焦には属さず、中焦に属する (改訳版) 瞿岳雲著

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東洋学術出版社発行『中医臨床』1992年3月◎通巻48号に翻訳掲載

 「肝は下焦に属す」という説は、温病学説が盛んとなった明・清の時代から始まったものである。ついで、葉天士が温病の衛気営血弁証理論を創始して後、清の呉鞠通が葉天士の理論を発展させて『温病条弁』を著し、三焦弁証綱領を創立して、温病の発生と発展変化の一般法則を明らかにした。

 そこには「温病は口鼻より入る。鼻気は肺に通じ、口気は胃に通ず。肺病逆伝すればすなわち心包たり。上焦の病治せざればすなわち中焦に伝う。胃と脾なり。中焦の病治せざればすなわち下焦に伝う。肝と腎なり。上焦に始まり下焦に終わる」(『温病条弁』中焦篇)とあり、以後この説が踏襲され、肝は下焦に属すとされて現在に至っている。

 『中医学基礎』教材においては「上・中・下の三焦は現在、人体部位の区分けに用いられる。横隔膜以上が上焦で、心と肺の内臓が含まれる。横隔膜以下から臍までが中焦で、脾と胃の内臓が含まれる。臍以下が下焦で、肝・腎・大腸・小腸・膀胱などの内臓が含まれる」とされている。

 しかしながら、臓腑を上・中・下の三焦に分属させてこれを論ずるなら、解剖部位・生理機能および病理変化と診断結果などから分析解明されることは、肝は中焦に属するもので、下焦には属さないことになる。

 その論証は以下の通りである。

1.解剖部位では肝は中焦である

 中医三焦学説は人体部位の区分けであり、『難経』三十一難には「上焦は心下、隔の下にあり、胃の上口にあり・・・・・・。中焦は胃の中脘にあり、上ならず下ならず・・・・・・。下焦は膀胱の上口に当たり」とある。

 楊玄操はこれに注釈して「隔より以上を名づけて上焦という」「臍より以上を名づけて中焦という」「臍より以下を名づけて下焦という」と述べている。

 肝は右脇に位置し、腹腔の上にあるもので、三焦学説を現代解剖学から見た場合、肝は中焦に属することは医者としての常識である。
 しかしながら、最も重要なことは中医学独自の認識中にその根拠を求め、それを証明することである。

 『内経』では肝臓の位置を専門に論じてはいないが、『素問』金匱真言論には、「腹は陰たり、陰中の陰は腎なり。腹は陰たり、陰中の陽は肝なり」とある。

 『内経』の著名な注釈家の王冰はこの解釈を「腎は陰臓たり。位は下焦に処し、陰を以て陰に居る。ゆえに陰中の陰というなり」「肝は陰臓たり。位は中焦に処し、陽を以て陰に居る。故に陰中の陽というなり」としている。
 
 このように肝の「位は中焦に処す」と明確に指摘しているばかりでなく、腎と対比して、陰陽も分属上から、腎は下焦に位置し、肝は中焦に位置する根拠を明らかにしている。
 これは事実上、「肝・腎は同じ下焦に属す」とする説を否定するものでもある。

 同時に、肝の病証を述べた個所を分析すると、『内経』自体においてかなり明確な認識を行っている。
 『霊枢』脹論篇には「五臓六腑はおのおの畔界あり。その病おのおの形状あり」とあるが、肝臓の「畔界」(境界)とこの病の「形状」はどのようであろうか?
 『霊枢』本臓篇には「肝大なればすなわち胃に逼り咽に迫る。咽を迫ればすなわち隔中苦しみかつ脇下痛む」「肝偏傾すればすなわち脇下痛むなり」とあり、肝が大きくなると胃腑を圧迫し、食道にまで及んで膈中証を形成し、同時に脇下が痛むと指摘している。

 これらによって、肝臓は脇下に位置し、胃と隣接して同じ中焦に属していることがわかる。

 『霊枢』脹論篇では「肝脹は脇下満して痛み少腹に引く」とあり、病理上からも肝臓の位置を明確に示している。
 「脇下満」は肝臓本病であり、「痛み少腹に引く」のは経絡に属したものである。
 「胆脹なるものは脇下痛脹し」とあるのと合わせて考えると、肝・胆が同じ中焦であることがさらに実証される。

 『霊枢』本臓篇ではまた、「広胸反骹(きょう)するは肝高し。合脇兎骹するは肝下し。胸脇好(よ)きは肝堅し。脇骨弱きは肝脆し。膺(むね)腹好く相得るは肝端正なり。脇骨偏挙なるは肝偏傾するなり」と指摘しているが、これは肝の位置の高低や、正常か傾いているか、および肝臓の堅脆を説明したもので、いずれも胸部・脇骨および胸脇に連接した外観を推測することができる。
 肝が脇の裏にあり上腹に位置することは一層明白である。

 肝の解剖部位についての記載は、その他の医籍にも多い。

 元の滑伯仁の『十四経発揮』では「肝の臓たるや……胃に并び脊の第九椎に著す」と指摘しており、明の李梃の『医学入門』には、「肝の系なるは、膈下より右胸脇下に着く」とあり、清の王清任の『医林改錯』では肝の部位と形態について、さらに明確な記載がある。

 「肝は四葉。胆は肝の右辺第二葉に附き、総提(膵臓)は胃の上に長く、肝はまた総提の上に長く、大面は上に向き、後は脊に連なり」とあり、これらは肝臓の解剖部位に関連した記載で、現代解剖学中の肝臓とほぼ似たものである。

 とりわけ王清任が「肝の大面は上に向き、後は脊に連なり、胃の上に位置する」と観察した点は、肝の実際の位置が上端部と横隔膜の湾曲部が吻合し、後縁が腹壁と密着しているのと大体において一致している。

 以上、中焦とは横隔膜以下、臍以上の部位を指すもので、古代医籍の解剖部位に関する記載によると、肝の位置は中焦であることが容易にわかるのである。


2.中焦は漚の如しという生理機能には肝胆・脾胃がともに参与している

 「三焦」に関する生理機能は『霊枢』営衛生会篇において「上焦は霧のごとく、中焦は漚のごとく、下焦は瀆のごとし」と要約されている。
 
 「中焦は漚のごとし」の「漚」とは、中焦の食物を腐熟消化する作用を形容したものである。
 とはいえ、この機能は脾胃が主に主(つかさど)ると同時に、肝胆も参与している。

 肝は疏泄を主り、胃は受納を主り、脾は運化を主る。
 脾胃は肝の疏泄機能がなければ、飲食物の消化吸収過程を全うさせることはできない。

 『血証論』に「木の性は疏泄を主る。食気胃に入れば全て肝木の気に頼りて、以てこれを疏泄す。しかして水穀すなわち化す」とあり、『素問』宝命全形論にも「土は木を得て達す」とある通りである。

 逆にまた、『内経』経脉別論に「食気胃に入れば、精を肝に散ず」とあるように、脾胃が生成した精微物質は肝胆に運ばれて栄養する。

 肝の実体は陰で機能は陽であり、実体の陰が充実してこそはじめて機能の陽は正常に働くことができる。
 そして機能の陽が正常であれば、はじめて肝木は脾土を生じる協調関係を維持することができる。

 このため、土は木の疏泄作用を必要とし、木は土の栄養作用に依存しており、肝胆と脾胃は生理上、相互に助け合い、相互に制約し合うことで「中焦は漚のごとし」という機能を全うしているのである。

 胆が中焦に属することは議論の余地はない。
 しかしながら、胆と肝は連なっており、胆汁は肝の余気が固まって形成するものである。
 胆汁の分泌と排泄は、肝が主る疏泄作用の重要な部分でもある。
 肝の疏泄が正常であれば、胆汁は正常な分泌と排泄を行い、脾胃の運化機能を助けることができる。

 気機の昇降については、中焦は昇降の枢であり、脾は昇清を主って胃は降濁を主り、互いに相反する作用をもつことによって成り立っている。
 そして中焦の昇清・降濁の協調バランスを維持するためには、肝の昇・動・疏泄条達を主る生理機能が極めて重要な役割をはたしている。
 肝の疏泄機能が減退したり、昇発作用が過剰になったりすると、中焦気機の疏通・暢達に影響するようになる。
 このため臨床上、肝脾不和や肝胃不和の証候〔一連の症候〕がよく見られるのである。


 血液方面については、肝脾は協調して血気を生む。
 血を生成する主体は中焦で、つまり『霊枢』決気篇に「中焦は気を受けて汁を取り、変化して赤し。これを血という」とある通りである。

 過去、中焦の生血機能は脾胃にみに帰するものとされてきたが、これは片手落ちの考えであって肝も中焦の血の生成と密接な関係がある。

 まず「糟粕を泌し、津液を蒸す」というのは、肝が疏泄して脾が運化した結果である。
 それゆえ、精を化して血を生む機能はすべてが脾胃に帰するものではなく、中焦の中にある肝も含まれねばならないのである。

 同時に、肝臓自身も血を生むもので、『素問』六節臓象論には「肝は・・・・・・以て血気を生ず」とあり、また葉天士の『本草経解』では「肝は敢なり。以て血気を生ずるの臓なり」と述べられている。

 肝が生血する根拠は以下の2点である。

1)脾が散布する精を受けて化血するもので、『内経』に「食気胃に入れば、精を肝に散ず」とあることによる。
 
2)腎が泄する精を受けて化血する。
 つまり『張氏医通』で述べられている「気耗せざれば精は腎に帰して精たり。精泄らさざれば精は肝に帰して清血を化す」ということで、脾は裹血〔かけつ=統血〕を主ると同時に生血を主り、肝は蔵血を主ると同時に化血を主り、肝脾は同じ中焦にあって、共に血液の化生〔生成〕を主る、ということである。

 要するに、穀物の消化・精微の輸布・血液の生成などは「中焦は漚のごとし」という機能の一つであり、いずれも肝(胆)と脾(胃)が共に主るもので、脾胃が中焦に属するからには、肝胆もまた例外であるはずがないのである。
 このため、中焦の機能に対する考え方を認識しなおす必要があり、中焦の生理作用をもつ肝胆を重視しなければならないのである。


3.病理変化において肝胆・脾胃は連係する

 病理上においては、肝の疏泄が失調すると、とりわけ中焦脾胃の昇清・降濁機能に影響しやすい。
 脾の昇清失調によって、上焦では眩暈が起こり、下焦では下痢となる。
 また胃の降濁障害によって、上焦では愛気・嘔逆となり、中焦では胃脘部・腹部の脹満疼痛となり、下焦では大便秘結となる。
 このように、肝の疏泄が失調すると脾を侮り胃を犯すもので、「木旺乗土」(木が旺んで土に乗ずる)というのが、臨床上よく見られる中焦の病証である。

 肝気鬱結すると、胆汁の分泌と排泄に影響して脇下の脹満疼痛・口苦・悪心・食欲不振となり、はなはだしいときには黄疸などの症状が現われる。

 肝と胆・肝と脾胃は、病理上において相互に影響している。
 これについては呉鞠通の『温病条弁』中に一定の論述がある。
 『温病条弁』中焦篇第七十七条の「加減人参瀉心湯」方後の考察において「肝と胆とは合して一をなす。胆はすなわち肝の内に居り、肝動けばすなわち肝はつき随う」「その嘔吐噦痞し、時に上逆ありて昇るものは胃気なり。胃気をして上昇せしむる所以のものは胃気にあらざるなり。肝と胆なり。故に古人は嘔を以て肝病となし、今の人はすなわち以て胃病となすのみ」と述べているところである。

 またこれとは逆に、脾胃の病は常に肝に影響が及ぶものである。
 たとえば、脾胃湿熱の鬱滞が長期にわたって解消されないと、しばしば肝胆を薫蒸して黄疸を発する。
 脾虚のために生血の源がなくなり、あるいは脾虚のために統血力を失い出血過多となれば、いずれの場合でも肝血不足を引き起こす。
 また月経過多・子宮出血の持続などの症候では、肝に関連した脾の統血力の失調によって引き起こされることが少なくないのである。

 以上のように、肝胆と脾胃は共に中焦にあるため、病理変化も相互に影響しあい、症候がいつも一緒に入り混じって現れるのである。


4.脈診・舌診における肝胆の位置は中央部分である

 寸口の脈診は寸・関・尺の3つの部位に分かれ、三部の脈は五臓六腑の病変部分を見分けて観察することができる。
 具体的な五臓六腑の対応部位は、『内経』『難経』『脈経』および『景岳全書』『医宗金鑑』などでそれぞれ各家の意見はやや異なるものの、肝胆と脾胃が対応する脈の位置の認識は一致している。
 つまり、左手の関脈で肝胆をうかがい、右手の関脈で脾胃をうかがうというものである。

 王叔和の『脈経』分別三関境界脈候所主第三には「寸は主に上焦を射る」「関は主に中焦を射る」「尺は主に下焦を射る」とあり、また「肝部は左手の関上にこれあるなり」とある。

 『医宗金鑑』は『内経』の脈診法を遵守しており、また王叔和の平脈論を編纂した「四言脈訣」では、「右関は脾胃、左は肝膈胆」とし、同時に注釈して「関は膈中をうかがい、中焦を主るなり」と述べている。

 関部の脈は中焦を主り、右関は脾胃に対応し、左関は肝胆に対応するわけで、脾胃は中焦であるから、肝胆もまた中焦に属することがおのずと証明される。

 舌診法において部位を分けて診察する方法には、臓腑に分ける場合と三焦に分ける場合の2通りがある。
 臓腑に分ける場合は、舌尖部が心肺に属し、舌根部は腎、舌の中央部および両側は脾胃と肝胆である。
 三焦に分ける場合は、舌尖部は上焦に属し、舌の中央部は中焦、舌根部は下焦に属する。

 舌の場所の違いによって、三焦に所属する臓腑を分析すると、肝はやはり下焦ではなく中焦にあるとみなされる。
 このように、脈診ばかりでなく舌診についても、先賢はすでに肝胆と脾胃は同じ中焦に連なっていることを把握していたことがわかる。


5.肝が中焦にあることと、弁証綱領で下焦におかれるいこととは概念上の違いがある

 以上、分析解明したきたように、肝の解剖学・生理学上の位置は中焦にあるとみなされるのに、呉鞠通は『温病条弁』において、どうして肝は下焦にあるというのであろうか。

 呉鞠通が「肝は下焦に属す」としたのは、三焦弁焦を創設した綱領中に打ち出したものである。
 『温病条弁』中焦篇で示された原文を細かく分析すると、呉鞠通が肝を下焦に置いて立論した根拠は、温病後期において、熱邪が長く留まり腎水が熱にせまられて腎陰が損耗し、水が木を涵(うるお)さないために手足の蠕動・瘈しょう(手足の震えやひきつけ)などが現れる肝の虚風内動の証候によったものにほかならない。

 しかしながら、三焦弁証は一種の弁証綱領として考えなければならず、決して単なる臓腑位置の部位分け概念ではない。
 病位概念のほかに、発病状況・病勢における伝変・病証の特徴・病期の早晩・証治の規則などの内容の総合体系的な疾病綱領としての弁証概念が含まれている。
 このため、三焦弁証における下焦の肝病は、単に肝の部位に限定して考えてはならないのである。
 六経と六経弁証、衛気営血と衛気営血弁証のように、生理上の六経や衛気営血の概念と、弁証綱領としての六経弁証や衛気営血弁証の概念と混同してはならないのと同様である。

 三焦弁証が決して単純な病位概念ではない証拠に、『温病条弁』の下焦病弁証の中では、肝腎の病変を論述しているばかりでなく、胃陰虚で「食欲不振」の「益胃」湯証および「五汁」湯証、胃不和で「夜間を徹しての不眠」の半夏湯証、肺寒飲阻で「起座呼吸」の小青竜湯、太陰三瘧で「腹部脹満して水分を嘔吐」する温脾湯証なども論じている。
 だからといって肺・胃・脾も下焦に属すとするわけにはいかないのと同様である。

 以上でわかるように、呉鞠通が肝病を下焦の弁証中に帰属させたのは、決して臓器の位置から立論したものではない。
 「肝は下焦に属す」という説は特定の弁証概念なのであるから、中焦に帰属する解剖・生理学上の特徴をネジ曲げて、理論上での混同や混乱を生じさせてはならないのである。


6.中焦と中気概念の再認識

 肝が中焦に位置することを分析解明した意義は、肝の部位の問題に関係するばかりでなく、これによって一部の中医基本理論の概念を再認識することにある。

 中焦は部位で、中気は機能である。
 しかしながら長期間、肝は下焦に帰属させられていたために、いつも中焦のことになると単に脾胃を指して言っており、中気については脾胃の気のこととされている。
 脾胃は習慣的に中焦の代名詞となり、肝胆が中焦にあることや、その臨床価値について軽視されているのは片手落ちである。
 実際には、中焦は肝胆と脾胃が含まれており、中気には肝胆の気と脾胃の気が含まれているのである。
 
 臨床上、我々は胃下垂・腎下垂・肝下垂・子宮下垂・脱肛などの病を中気下陥と弁証し、よく補中益気湯で治療する。
 しかしながら、臓器下垂の病理を詳細に分析すると、脾だけの問題ではなく、肝との関係が極めて大きいのである。
 
 肝は筋を主り、脾は肉を主り、肝気虚では筋は弛緩し、脾気虚では肉が弛緩する。
 肝は気機の疏泄を主り、脾は気機の中枢である。
 肝気虚では気滞が加わり、脾気虚では気陥不昇となる。
 それゆえ、臓器下垂の症候がある場合は、いずれも「中気」の病変なのである。〔訳者注:筆者の瞿岳雲氏は本書「中医理論弁」の他項で「内臓下垂の病証は、必ずしもすべて気陥として論治するとは限らない」とした論説があるので、内臓下垂病に対して一歩進んだ研究を行うには必ず同項を参照する必要がある。また、肝気虚証についても別項で詳細な論述がある。〕

 補中益気湯は中気下陥治療の主方である
 構成薬物を分析すると、柴胡は後世になって「昇提」作用があるといわれているが、ここでいわれる「昇提」は、決して直接脾胃を昇提するのではなく、実際には疏肝作用を通じて行われるのである。
 脾胃・肝胆は中焦に同居しており、肝気が昇れば脾気も昇る。ちょうど劉渡舟教授が指摘されたように「昇発作用というものは、決して柴胡自体が上昇させる作用を有しているのではなく、柴胡の疏肝作用を通じて気機を上行させることにより、昇発作用が生じる」ということなのである。

 このように補中益気湯は中焦の肝脾の気を補うものであり、中気の昇提というものは、中焦の肝脾の気を昇提することなのである。

 肝が中焦にあることを明確にすれば、中焦の疾患に対する新たな弁証指針となり、治療効果の向上に大いに貢献するに違いない。
 有姜氏は以前、一人の上腹部の疼痛(十二指腸潰瘍)患者を脾胃虚寒と診察して、自家製三白湯(白芍・白芷・白芨)合小建中湯を投与したところ、疼痛はやや減じたものの腹部の脹満が増悪したため、脈の弦細は肝虚不疏(肝気虚のために疏泄できないこと)によるもので、補肝助疏(補肝気と同時に疏泄を助ける)すべきと考え、黄耆・柴胡を加えたところ、3剤で上腹部の疼痛・腹部脹満がともに消失し、食欲も増加した。
 その後、同方の散剤を一ヵ月余り服用させバリウム検査を行ったところ、潰瘍は消失していた。

 このように、中焦病の治療においては、肝が中焦にあることを常に忘れてはならず、中焦・中気は脾と胃ばかりでなく、肝と胆も含まれているのである。


参考文献

1)姜建国等:『山東中医学院学報』 1985年第4号7〜12頁
2)李其忠:『上海中医薬雑誌』 1985年第10号40頁
3)福 興:『河南中医』 1986年第2号26頁

     出典: 『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)
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2025年11月12日

「邪気が盛んであれば必ず実」とは限らない(改訳版)瞿岳雲著

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虚証と実証について
 著者は瞿岳雲氏で、1990年11月発行の『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)の中にある67の「問題提起と分析解明」のうちの一つです。本論では、虚実および虚証と実証の問題を比較的詳細に検討分析されています。日本漢方では、虚実の問題がかなり曖昧であるの対して、中医学ではここまでの考察がなされ、検討されいることに注目する必要があるでしょう。
 もともと東洋学術出版社発行の季刊『中医臨床』誌1993年3月通巻52号に翻訳掲載したものの一部改訳と訳者のコメントです。
 なお、訳文中の括弧のうち、〔・・・・〕は、訳注と断らない場合でも、いずれも訳者、村田恭介による注釈や補足となっています。



 虚証と実証は、臨床上で「補・瀉」の治法を決定する根拠であり前提条件であるから、中医学の「八綱」における二つの最も基本的で重要な概念である。

 ところで、「虚証」と「実証」の概念はいかなるものであろうか? 歴代の医家、ひいては今日の中医学教材の編著者が若干の論述をおこなっているものの、基本的にはいずれも『素問』通評虚実論篇の「精気奪すれば則ち虚、邪気盛んなれば則ち実」とされる理論に解釈を加えたものばかりである。たとえば、1978年に10カ所の中医学院が合同で編纂した『中医学基礎』(上海科学技術出版社発行)では「虚とは正気の不足を指し、虚証とは正気不足を示す証候である。実とは邪気が非常に盛んなことを指し、実証とは邪気が非常に盛んなことを示す証候である」とし、現行の1984年5版『中医診断学』の教材でも、この説を踏襲している。しかしながら筆者の見解では、上記の理論は全面的ではないと考えている。

 第一に、虚と実は広範囲に適用される相対的な概念であり、決して「証」についてのみに使用される用語ではない。任応秋先生のご見解では、虚実という一対の概念は、中医学においてすくなくとも次に記す七種類の異なる意味があるとされている。

 @正気の盛衰にもとづいて虚実に分ける場合。〔訳者注:現在の日本漢方の虚実の概念に近い〕
 A邪盛と正衰にもとづいて虚実に分ける場合。〔訳者注:現代中医学における虚実概念の最も代表的なもの〕
 B病態か病態でないかにもとづいて虚実に分ける場合。
 C病変の軽重にもとづいて虚実に分ける場合。
 D寒熱にもとづいて虚実に分ける場合。
 E病変のタイプによって虚実に分ける場合。
 F風邪のやってくる方位にもとづいて虚実に分ける場合。

 それゆえ、任応秋先生は「中医学で使用される虚実の意味は大変広く多方面を包括しており、正気に虚実があり、邪気に虚実があるのだから、病変・病証の中には必ず虚実があり、『素問』通評虚実論篇の『邪気盛んなれば則ち実、正気奪すれば則ち虚』の二句だけで虚実のすべてを概括することはできない」と述べられている。

 「証」に関していえば「虚証」も「実証」も疾病状態に現れる証候の概括である。「虚証」と「実証」における虚実は「証」の虚実を指し、正虚と邪実を指すものではない。両者の関係は密接ではあるが、虚実の概念は異なっている。

 正気という概念には、それ自体の意味と適用範囲があり、人体の疾病に抵抗する能力の総合的な概括である。邪気というもう一つの概念にも、それ自体の意味と適用範囲があり、内外のあらゆる発病因子を指している。


 しかしながら、疾病の発生は正気と邪気の闘争であり、「証」という新たな概念で表現されるため、「虚証」「実証」における虚実の意味と適用範囲は「正気」と「邪気」の概念とはもはや異なるものとなる。つまり「証」の性質(虚か実か)は、正・邪の闘争の対立状態が示すパターンによって決定されるものである。それゆえ「証」の概念で虚実を論じるとき、正・邪のどちらか一方を欠くと邪正闘争の対立関係が成り立たないため、「証」を構成することができない。つまり、正・邪の一方だけを取り出して論じてはならないのである。

 どのような疾病が生じた場合でも、正邪の闘争が現れ、正と邪は不可分の対立関係にある。対立関係の激しさの程度により、激烈・亢盛である場合を実証と称し、これとは逆の場合が虚証である。「証」が生まれること自体、生体が疾病に反応している状態にあることが前提となっているのだから、「正気が奪すれば則ち虚」と「邪気盛んなれば則ち実」のみによって虚証・実証の概念を明らかにしようとするのでは全面的とはいえないのである。

 日本の丹波元簡は「邪気が人身に客した場合、そのはじめは必ず精気の虚に乗じて侵入し、侵入した後に精気が旺盛となり、邪とともに盛んな場合が実で、傷寒胃家実の証がこの例である。邪が侵入して客し、精気がこれに抵抗することができず、邪気によって〔精気が〕奪われる場合が虚、傷寒の直中がこの例である」と述べているが、「虚証」と「実証」の相互の関係をかなり的確に解説したものといえる。


 第二に、実際の臨床実践から考えると、気血・陰陽・精髄・津液などが損傷・不足した「精気の奪」の状態では、必ず生体の抗病能力の減退を引き起こし、正気不足により邪正闘争における生体の反応性が低下して虚証が生じるということである。

 実証が生じるのは邪気と正気の激しい闘争を示すものであるから、「邪気が盛ん」でさえあればすべて実証を生じるとは限らず、邪正闘争における力関係の強弱によって決まるものである。邪気が盛んで正気も盛んという生体の反応性が強い状態では、邪正闘争は激烈であり、この時に生じる証候は実証である。ところが、邪気が極めて盛んであり、邪と正の力がかけ離れているてめに正気が抵抗しても無力である場合、あるいは正気が邪気によって速やかに消耗・損傷されて生じる証候は、大抵の場合が実証ではなくて虚証である。

 邪気が盛んなために生じる実証は、邪熱壅肺証・腸道湿熱証・陽明腑実証・気分証などのように、大変よくみられるものである。一方、邪気が盛んなために生じる虚証も、臨床上よくみられるもので珍しいものではない。流行性髄膜炎に現れる悪性電撃性髄膜炎菌性菌血症など、中医学における春温亡陽証などでは、発病の初期に高熱・頭痛・項部の強張り・噴射性の嘔吐などを生じ、熱邪の毒力が強すぎると正気が邪気に勝てないために気力がなくなる・四肢の厥冷・流れるような発汗・体温の下降・血圧の低下・脉は微で途絶えそういなるなど、急速にショック状態が発生して一連の亡陽による症候が出現し、重篤な場合では発病の初期から一連の亡陽の症候が現れる。また、急性化膿性胆管炎・大葉性肺炎などの急性感染性疾患では、邪気が盛んなために、しばしば亡陽による虚証が現れる。以上のように、邪気が盛んであれば実証を生じるのみならず、虚証も生じるものなのである。

 しかしながら、邪気が盛んなために生じる虚証と、「精気の奪]〔精気の不足〕により生じる虚証とは一定の違いがある。精気の奪により生じる虚証の多くは内傷に属し、発病が緩慢で疾病の経過は比較的長期にわたる。たとえば腎陰虚証では、長期間の過剰なセックスや慢性疾患による傷腎によって生じることが多く、脾肺気虚証では慢性的な喘息・咳漱から肺気を消耗・損傷し、飲食の不摂生から脾気を損傷して生じることが多く、病状が次第に悪化して行くことが多い。


 一方、邪気が盛んなために生じる虚証の多くは、病邪の内侵により急に発病し、疾病の経過は短くて急速に変化し、病勢は険悪でしばしば病状に急速な悪化がみられる。緊急治療が間に合わなければ虚から竭に至って死亡する。したがって、治療の上からも二者には違いがある。精気の奪により生じた虚証では「損するものは之を益す」の原則にもとづき、虚損の内容に応じて補気・養血・滋陰・温陽・生津・気血双補・陰陽双補などの適切な補法を施し、弁証が正確であれば次第に奏効することが多い。

 しかしながら、邪気が盛んなために生じる虚証の治療法は特殊で、「実なれば則ち之を瀉し、虚なれば則ち之を補う」といった原則の適用では完全とはいえない。これを一般的な虚証とみなして補法だけを行うのでは邪が除去されないため、虚証を引き起こした病因を除去することができず、病因が除去されなければ補法はまったくの無駄となる。その逆に、袪邪だけで補虚救逆を行わなければ、病邪を除去しにくいばかりか、正気も回復させることができない。

 この場合の治療法としては、発病原因を除去するばかりでなく、同時に虚竭した正気を扶助しなければならない〔訳者注:正虚邪実に対する攻補兼施に該当する〕。たとえば、前述の春温の亡陽証では、単に清瘟敗毒飲で清熱解毒を行うだけでは不適切であり、また四逆湯類で回陽救逆を行うだけでも不適切で、これら二法を結合・応用してはじめて臨床の実際にマッチし、治療の目的を果たすことが出来るのである。〔訳者注:邪気が盛んなために生じる虚証の治療法は、決して上記の方法のみに限るものではなく、「標本緩急の常と変」を知って臨機応変に対処すべきであり、上記の方法のみにとらわれるべきではない。〕

 参考文献
(1)任応秋:『任応秋論医集』162頁(人民衛生出版社 1984年)
(2)呉元黔等:『貴陽中医学院学報』1980年第1号77頁。
(3)庄沢澄:『遼寧中医雑誌』1986年9号33頁。

  出典: 『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)


【訳者のコメント】

 中医学における虚実の概念は、任応秋先生が指摘されたように多彩であるが、中でも臨床上で重要な意義を持つのが「A邪盛と正衰にもとづく虚実」である。すなわち正虚と邪実における虚実概念と、さらに疾病の発生という正気と邪気の闘争によって、はじめて構成される「証」の虚実を指すときの虚実概念である。このときの虚証・実証は、正虚・邪実との密接な関係があるものの、もはや虚実の概念がまったく異なっていることを明確に証明した論説である。

 臨床上で最も広範囲に運用される邪盛と正衰にもとづく虚実の概念にも、このような二つの異なった概念が内在していることを十分に認識しておけば、概念上の混乱を生じることなく、弁証における虚実を正確に判断し、論治における補寫の原則を運用する上で、虚を虚し、実を実するような誤治を避けることが出来る。

 なお、本論は「邪の湊まるところ、その気は必ず虚す」に対する新解と密接に関係した論説であり、この二つの論説が互いに補い合い、虚実の問題に関した臨床上、極めて重要な部分が網羅される構成となっている。
ラベル:虚証 実証
posted by ヒゲジジイ at 14:58| 山口 ☁| 中医学主要翻訳集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月11日

「邪の湊るところ、その気は必ず虚す」の新解 (改訳版)瞿岳雲著

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 著者は瞿岳雲氏で、1990年11月発行の『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)の中にある67の「問題提起と分析解明」のうちの一つですが、次のNo.002の『「邪気が盛んであれば必ず実」とは限らない』と密接な関係を持った論説です。

 虚実および虚証と実証の問題を論じるとき、常に本論とともに重要文献として長く日本の漢方界に伝え残しておきたいものと愚考します!

 もともと、東洋学術出版社発行の季刊誌『中医臨床』1992年9月通巻50号に翻訳掲載したものですが、直訳過ぎて意味が把握しにくいところを意訳に変え、誤植によって意味不明となっている個所の訂正等、かなりな改定作業となりました。

 なお、訳文中の括弧のうち、〔・・・・〕は、訳注と断らない場合でも、いずれも訳者による注釈や補足です。



 「邪の湊(あつま)るところ、その気は必ず虚す」(『素問』評熱病論篇)は、中医発病学理論において常用される専門用語で、人体が疾病に罹患する条件を説明するときの経典における理論的根拠である。ここでの「気」は正気を指し、「虚」とは正気の虚を指していることは周知の通りである。

 問題は「虚」に対する解釈であり、大多数の医家は正気虧虚の方面にとらわれているが、詳細に吟味すると、疾病の生じたところには必ず虚と実があり、「邪気盛んなれば則ち実、精気奪すれば則ち虚」(『素問』通評虚実論篇)であるから、その方面だけの解釈では十分に意を尽くしていることにはならない。「精気奪」とは広く正気が奪われることを指すのであるから、もしも邪が湊るのはすべて正気不足による、というのであれば、病が生じた場合はみな虚証ということになってしまうではないか!

 しかしながら、これは臨床の実際と合致しないことは明白である。このため、「その気は必ず虚す」の「虚」の字をどのように正確に理解するかがキーポイントとなる。「その気は必ず虚す」の「虚」の字には、@整体の虚・A局部の虚・B一時的な虚、などの意味が含まれているのである。

 @整体の虚とは、人体の陰陽・気血の一方面あるいは両方面における陰虚・陽虚・気虚・血虚・陰陽両虚・気血両虚などの全身性虚弱を指す。『内経』の中の「精脱者」「津脱者」「液脱者」「血脱者」「形不足者」「精不足者」「陰気虚」「陽気衰」などはみな、整体の虚の範疇に属している。整体の虚をもたらす原因は、(1)先天的に生まれながらの不足、(2)後天的な保養不足、(3)疾病による損傷、(4)年齢的な老衰、などである。

 A局部の虚とは、整体のある部分・ある臓腑・ある経脉などの虚弱を指す。肺気虚・脾陽虚・心血虚・肝陰虚・上虚・下虚・経気虚などがそれに相当する。局部の虚によって整体の虚を引き起こし得るもので、また整体の虚も局部の虚に影響が及び得るものである。

 B一時的な虚とは、過労・過食・精神的なストレスなどの様々な原因により、生体の機能が乱れて抗病能力が一時的に低下したものである。『霊枢』邪気臓腑病形篇において、「人に中(あた)るや、まさに虚の時に乗ず。新たに力を用い、若しくは飲食して汗出づるに及んで、腠理開きて邪に中るなり」とあるように、『内経』では人体に邪気が侵入する原因は整体の正気不足だけではなく、力仕事・過食などにより発汗して腠理が開き、邪気が腠理の一時的な弛緩に乗じて侵入する場合もあることを明確に指摘している。『素問』五臓生成篇に「臥して出ずるに風これを吹き、血(が)膚に凝るは痺となす」〔訳者注:起床したばかりのときに風邪に侵襲されると血液が凝滞するが、皮膚に凝滞した場合は痺証を生ずる〕とあるが、人は横臥すると陽気は内に集まるので、起床した時点では衛気がまだ肌表に戻らず肌表は一時的に失固しており、風邪がこの機に乗じて人体に侵入したために痺証が発生するのである。『素問』水熱穴論篇には「勇にして労すること甚だしければ則ち腎汗出づ。風に逢えば内は臓腑に入ることを得ず、外は皮膚を越ゆることを得ず。玄府〔毛孔〕に客し皮裏に行き、伝えて腑腫をなす。これ腎に本づく。命して風水と曰う」とあるのは、激しい労働により汗が出て、衛気の機能が一時的に失調したために風邪が人体に侵入したものの、臓腑は虚していないので邪気が裏に入ることが出来ない、というものであるが、「その気は必ず虚す」には生体の機能の一時的な乱れの意味が含まれるべきことを示したものである。それゆえ、一時的な虚も「その気は必ず虚す」の一つの解釈として把握しておくことは不可欠である。

 臨床の実際面を考えても、このようなケースが存在しており、たとえば『傷寒論』の太陽病における「太陽中風証」を「太陽表虚証」とも称しているが、この場合の「虚」は衛気の機能が一時的に虚弱となったことを指しており、整体の正気虚損を指したものではない。そうでないとしたら、仲景はどうして補虚扶正の人参、附子などによって整体の虚を培補しないので、実を治する方法である桂枝湯を用いて辛温発汗による治療を行ったものであろうか。このように、邪が湊ってはいても全身的な整体の正気虧耗を生じているわけではないのである。

 「その気は必ず虚す」の意味を、正気不足と一時的な機能の乱れ〔の二方面〕として理解すれば、経文の主旨にかなうばかりでなく、臨床指針となる虚実弁証および補瀉の治療原則を運用する上で重要な意義をもつようになる。一般的には、正気不足により邪が湊って発病する場合は虚証を呈することが多く、治療は補虚を主とすべきであり、一時的な機能失調により邪が湊って発病する場合は実証を呈することが多く、治療は袪邪を主とすべきである。もしも、「邪の湊るところ」はみな正気不足であるとの論にとらわれていると、病には実証の病があり、瀉法をもって治療するという客観的な事実を説明することが難しくなる。

 さらに、もう一歩詳細に検討すべき問題として、「邪の湊るところ」と「その気は必ず虚す」の関係がある。つまり、邪の湊りが正気の虚を引き起こすのか、正気の虚がじゃの湊りを引き起こすのか、いずれが原因でいずれが結果であるかの問題である。歴代の医家の多くは、正気の虚によって病邪の侵犯を誘発し、「邪の湊るところ」は「その気は必ず虚す」ことによって生ずるものであると認識している。たとえば、張景岳は『類経』の中でこの経文に注記して「邪は必ず虚に因りて入る。故に邪の湊るところ、その気は必ず虚す」と述べている。現行の教科書でも、この説を踏襲しており、全国高等中医院校試用教材の『内経選読』(北京中医院主編)では、「邪が侵犯する場所は、必ずその場所の精気の虧虚が先行する」と解釈している。人体の正気の虚が先行するからこそ、はじめて病邪が侵犯できるようになる、というわけである。

 しかしながら、決してそうとばかりはいえず、「邪の湊るところ」と「その気は必ず虚す」の関係をこのように考えるばかりでなく、病邪の侵犯によってはじめて正気の虚が引き起こされる場合があることを知っておく必要がある。「邪の湊るところ」は、すべてが「その気は必ず虚す」ためや、虚の先行によるものばかりでなく、正気は虚していないのに邪が湊って病を生ずる場合もある。どうしてそうなるのであろうか?

 一般的な状況では、人体の正気が亢盛していれば、邪気の侵害による発病は生じにくいことは容易に理解されるが、正気の機能や抗病能力に一定の限界があり、たとえ正気が虚していなくとも、邪気が猖獗をきわめ、人体の抵抗し防御する能力を上回る場合にも、生体を侵犯して疾病が発生し得るのである。韋協夢が述べたように、「正気がたまたま不足したときに、邪気が侵犯しやすい」のであるが、また「真気がもともと足りていても、外感が強烈」な状況もある。癘気による発病のように、呉又可(ごゆうか)が『温疫論』原病の中で、「疫は天地の癘気に感ず。………この気の来るや、老少強弱を論ずること無く、之に触るる者は即ち病む。邪は口鼻より入り」とあるが、これを敷衍すると病因学における、金属質の刃物による外傷・打撲による損傷・禽獣による咬傷・電気や火傷による外傷などで生じた疾病では、これらの「邪」の湊るところは正気の虚が先行したためであるとはいい難いのではなかろうか。人体は決してあらゆる疾病に抵抗し防御することが出来るような「正気」がそなわっているわけではない。それゆえ、『内経』では旺盛な正気を保持して病邪に抵抗・防御するばかりでなく、同時に常日頃から「虚邪賊風」〔異常な気候〕の侵害を予防すべきことを強調し、「虚風賊邪は、之を避くるに時あり」「外は事に労せず」「陰陽を和し、四時を調う」など、病邪を防御する方法を提示しているのである。

 『内経』では、邪の湊りが先行することによって正気の虚を引き起こすケースに関した論述が少なくない。『素問』痺論篇に「飲食自ら倍(そむ)き、腸胃乃ち傷る」とあり、『素問』経脉別論篇に「飲食飽くこと甚だしければ、汗(が)胃より出づ」とあるのは、暴飲暴食して正常な消化能力を超えると、たと脾胃の機能が健康で旺盛な人の場合でも損傷を受けることを指摘したものである。

 『素問』疏五過論篇には「暴(にわ)かに楽しみ暴かに苦しみ、始め楽しみ後に苦しむはみな精気を傷る」とあり、感情の激しい昂ぶりは病邪となって正気を損傷するもので、決して正気の虚が先行しているものだけが情志による損傷を受けるわけではないことを述べている。

 『内経』ではまた、常日頃からの労働により、気血を流暢にして体力を増強すべきであるとしている。しかしながら、「形は労して倦まざる」べきであり、体力を超えて労働しあり、あるいは過度に気を使ったりすれば耗気傷血するので、「病を生ずるは過用により起こる」(『素問』経脉別論篇)といわれるのである。「夜行けば則ち喘は腎より出づ」「体を揺るがし労苦すれば汗は脾より出づ」(『素問』経脉別論篇)、「久しく視れば血を傷り………久しく行けば筋を傷る」(『素問』宣明五気論篇)などがこの例に属する。「風雨寒暑、陰陽喜怒、飲食起居、大驚卒恐」により「血気は分離し、陰陽は破敗し、経絡は厥絶し、脉道は通ぜず、陰陽は相逆し、衛気は稽留し、経脉は虚空となり、血気は次せず、すなわちその常を失う」(『霊枢』口問篇)ことになる。これらの正気の虚は、病邪の湊りが先行して後に傷害されたためであり、必ずしも正気の虚が先行してはじめて邪が湊るわけではないことを、さらに明確に述べたものである。

 要約すると、「邪の湊るところ」は「その気は必ず虚す」ことによる場合が通常で、その病証は虚であることが多く、また「その気は不虚」であるのに「邪の湊るところ」となって発病する場合は変則的なことで、その病証は虚の場合と、実の場合があり、虚証であるのか実証であるのかは、邪気の盛衰・正気の強弱によって決まる。それゆえ、「邪の湊るところ、その気は必ず虚す」を理解するのに、正気の虚が先行してはじめて邪が湊り、そのためにいずれの場合も虚証を形成する、などと大雑把に考えてはならないのである。

参考文献
劉家義:『山東中医学院学報』1985年第2号60頁

     出典: 『中医理論弁』(湖南科学技術出版社)
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