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2018年10月23日

●日本で常用される「風痰上擾」に対する治療方剤について

 ●日本で常用される「風痰上擾」の治療方剤『半夏白朮天麻湯』『釣藤散』について
          村田漢方堂薬局 村田恭介

 半夏白朮天麻湯や釣藤散あるいは導痰湯や滌痰湯が適応する「風痰上擾」は、脾不運湿によって湿聚生痰し、痰濁が少陽三焦を阻滞し膜原を障害して肝風内動を誘発し、一方では脾虚不運によって肝陰を滋補できないために肝陽が遊離して肝風を生じ、少陽三焦を通路として肝風が痰濁を伴って上擾するものである。

 脾胃論の半夏白朮天麻湯は、同名の方剤半夏白朮天麻湯(《医学心悟》【組成】 製半夏 陳皮 茯苓 甘草 白朮 天麻)に比べて薬味がかなり多く、日本で常用され、製剤化されたエキス製品も各種販売されている。補気健脾・淡滲利水・化痰熄風の効能があり、脾虚湿困・湿聚生痰・痰濁内阻・肝風内動・風痰上擾の病機に適応する。実際の臨床では、めまい・頭重・悪心・嘔吐のみならず、頑固な浮腫に、あるいは下痢や軟便傾向があり軽度の膵炎や潜在的に膵臓が弱っていると思われる者にも有効である。

 釣藤散は日本では特に常用される化痰熄風の方剤であり、平肝清熱・補気健脾の効能を併せ持ち、脾虚肝旺・痰濁上擾・肝陽化風および化火の病機に適応する。但し、風痰による痰濁上擾が顕著であれば半夏白朮天麻湯を、肝陽化風の原因として明らかな肝陰虚が認められれば杞菊地黄丸を、肝陽化火が顕著であれば黄連解毒湯などを併用する必要がある。このような二〜三方剤を併用すべきものに、高血圧症や俗に言うメニエール氏症候群などがあり、脳血管障害の前兆の場合もあるので牛黄(ゴオウ)の併用も考える。血瘀の兆候がわずかでもみられれば、慎重に適量の『生薬製剤二号方』を併用する。

 風痰証が遷延すると風痰証が残存したまま痰瘀互結証に発展することが多く、脳血管障害の後遺症によくみられる。それゆえ、エキス剤を利用する場合は適宜ウチダの『生薬製剤二号方』を用い、あるいは牛黄製剤なども併用するとよい。牛黄には強力な熄風清熱および開竅と豁痰の作用もある。

 但し、釣藤散証のように肝陽偏亢や肝陽化火の傾向がある場合は、血瘀の徴候がみられても単独で『生薬製剤二号方』を用いてはならず、併用する場合においても過量であってはならない。もしも単独で使用したり併用量が過剰であると肝陽偏亢を助長したり、あるいは肝火を盛んにし、却って逆効果となる場合があるので、杞菊地黄丸などの滋陰剤や黄連解毒湯などを併用するなどして、配合バランスを十分配慮して投与すべきである。

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2018年10月22日

肝経虚寒に対する温肝袪寒法について

肝経虚寒に対する温肝袪寒法の考察
                         村田恭介

●寒滞肝脉と肝陽虚について

 寒邪直中による肝経の病変は、一般的には「寒滞肝脉」と言われ、肝自身の陽虚は「肝陽虚」とも表現される。

 肝陽虚証は、虚によって寒が生じる虚寒証に属し、寒滞肝脉証は寒邪によって病変を生じ「実寒」が主となるので、虚実に違いがある。とは言え寒滞肝脉は、陽気不足で陰寒内盛傾向のある者に好発するので、(肝)陽虚体質との相関関係は無視出来ない。

 つまり、寒滞肝脉証においては、寒邪外犯(この場合は寒邪の直中)による肝経の寒凝気滞という「邪実」の証候と、陽虚体質者における陰寒内盛による寒凝肝脉という「虚寒」の証候の二種類の状況が、常に併存し得ることも考慮しておく必要がある訳である。

 さらに注意すべきは、寒凝によって生じた気滞や血瘀は、遷延すると次第に「化熱」が生じ得るということである

●膠原病に対する応用経験

 筆者(村田恭介)が最近遭遇したものでは、専門医による諸検査で全身性エリテマトーデスの疑い濃厚な十八歳の女性の相談を昨年五月に受けた。 秋・冬・春に手足のレイノー現象が顕著で、顔面の蝶形紅斑が著しい。舌体はやや小型・舌質はやや紅で殆ど無苔。一連の症候に基づいて温経湯に地龍を加えた方剤を投与。(レイノー現象が顕著であった昨年五月・六月および季節的な予防として本年一月・二月のみ当帰四逆加呉茱萸生姜湯のエキス製剤を併用。)これにより、自覚症状の順調な緩解とともに、毎月の検査も抗核抗体1280から翌月には640、その翌月にも320という調子で次第に正常化し、一年後の五月現在はレイノー現象は基本的に消失し、顔面の蝶形紅斑も殆ど消失し、最終的には80に安定して諸検査のみならず自覚症状においても緩解状態を持続している。

 このように、病院のステロイド剤による治療は絶対に避けたいという患者の両親および本人の強い希望があり、病院は検査のみ、治療は訳者の漢方のみで対処することとなったものであるが、比較的単純な方剤運用にもかかわらず、充分な成功をおさめている例である。

 「温経湯」は、衝任虚寒・寒滞肝脉と共に陰虚・血虚・気虚・血瘀が併存する証候に適応するので、肝経虚寒に対する温肝袪寒法の代表方剤の一つとも言えるものである。

●膠原病と肝経虚寒の内在関係について

 最近また、「混合性結合組織病」と診断された三五歳の婦人。某病院における昨年七月の検査では、抗核抗体 1280以上、抗RNP抗体 256以上で、レイノー現象がみられることがら、右記の診断結果が出されている。その他、血沈が65、CRP(一)、白血球3810、赤血球383万、ヘモグロビンは11、血小板20.6万、尿蛋白(一)、尿潜血(2+)、尿糖(一)、GOT36、BUN10、クレアニチン〇・4、血糖84、総蛋白9.2など。

 本病を自覚した初期は三年前の冬からのことで、手の強張りと両肩関節部の疼痛が強く、病院から出されるボルタレンで治療していた。本病の診断が下った昨年は、手足のレイノー現象とともに膝関節部の微熱感を伴う疼痛が激しく、顔面に軽度の紫がかった蝶形紅斑があり、午後から三七度を越える微熱が持続していた。昨年十月には、膝の屈伸困難となり、本年二月まで断続的に病院から出されたステロイド類を継続服用して少し軽快していたが、昼間は微熱程度なのに、夕方から夜にかけて39度の発熱が始まり、膝関節の疼痛も再び増悪したので病院治療をすべて中止。

 現症は、近くの薬局に相談し桂枝加朮附湯エキス錠を購入して、二週間の服用で膝関節の疼痛はかなり軽快するも、疲労感が激しく夜間の高熱は不変、毎日の通勤がとてもつらい状態である。舌質は淡紅で裂紋が多く無苔であるが、常に「骨の髄からの寒気」を感じ、寒い日や曇天で関節痛が悪化。

 常連の患者さんに紹介されて筆者の漢方を求めて来られたものの、昨年七月の検査時よりも明らかに増悪しており、当然諸検査もかなり悪化しているものと考えられる。病院に行けば即刻入院を宣告されてもおかしくない重篤な状態に近いので、もしも漢方治療で効果が少なければ、時を移さず診断を受けた病院に戻るべきことを告げ、三月七日に独活寄生湯加地龍をエキス製剤で一週間。

 これによって夜間の発熱が38度代になるも、食欲不振が激しいので、更に生脉散料エキス製剤を追加する。

 著効を得て食欲が完全に回復し、夜間の発熱も日によって37度代から38度代となる。ところが、三月二一日からは忠告を無視して生脉散を殆ど中止。独活寄生湯加地龍のエキス製剤のみを継続服用中であるが、幸いなことに生脉散の散発的な併用だけでも夜間の発熱は次第に消退。最近は独活寄生湯加地竜のみであるが、四〜五月現在は完全に平熱となり、膝関節痛・レイノー現象などの諸症状も基本的に消退している。

 独活寄生湯は、「外傷於湿に対する袪風除湿法」の方剤でもあるが、病機は肝腎両虚・風湿痺、治法は補虚宣痺とされるだけに、多少とも肝経虚寒の証候が内在している筈である。

 膠原病の病因病機は複雑多変であるから、安易なコメントは差し控えたいが、敢えて愚見を述べれば(当然、風寒湿邪などの外邪侵襲の有無や、各臓腑・基礎物質などに対する基本的な弁証分析を行う前提条件のもとで)、本病ではレイノー現象における肝経虚寒証との関連、寒滞肝脉や肝陽虚との直接的な関係に注目してみることも必要ではないかと愚考しており、併せて寒凝によって生じた気滞や血瘀は、遷延すると次第に「化熱」が生じ易いという観点は、かなり重要な弁証ポイントであるように思われるのである

 これらの愚見に基づき、一人は温経湯加地竜で緩解し、もう一人は独活寄生湯加地竜で緩解するなど、殆ど単一方剤で成分含量の低い製剤でも、比較的短期間で著効が得られたことは、既述の通りである。

 なお、蛇足ながら複雑な配合を必要とした膠原病では、強皮症の二〇代の未婚女性で、レイノー現象はそれほど顕著ではないが、独活寄生湯・防已黄耆湯の各エキス製剤に玉金・田七人参を併用して数年間、これら漢方製剤のみの連用で軽快している例がある。

 また、ステロイド剤を多年継続服用中の皮膚筋炎の五〇代の女性では、レイノー現象も顕著で、鬱病とメニエール症候群・高血圧症などが合併しているため、〇〇丸・生薬製剤二号方・田七人参・四逆散・半夏白朮天麻湯・釣藤散などの各製剤の多剤併用となってしまった。これら各種漢方製剤の数年以上連用で医師の指示によりステロイドも極端に減量でき、鬱病・メニエール症候群のみならず皮膚筋炎自体も緩解状態に持ち込めている例などがある。

●附録<陳潮祖著『中医病機治法学』より>

温肝袪寒法を採用する代表的方剤は、以下の通りである。

〔一〕当帰四逆湯(《傷寒論》)

 【組成】 当帰 細辛 通草 芍薬 甘草 大棗 桂枝

 【用法】 水煎し、一日三回に分けて温服。

 【病機】 寒傷厥陰・血脉凝滞。

 【治法】 温経散寒・調営通滞。

 【適応証】 (1)寒邪が厥陰を損傷して血脉が凝滞し、手足が冷え、脉が細で今にも途絶えそうなもの。

 (2)腹中の左や右に冷える部分があるのを自覚し、あるいは腰から股にかけて、ある

いは身体や足などが冷えるのを自覚し、病歴が五〜十年に亘って治癒しないもの。

 (3)婦人の血気痛にして、腰腹拘攣する者を治す。経水不調、腹中攣急し、四肢酸痛し、或は一身習々として虫行するが如く、日に頭痛する者を治す。〔《類聚方広義》〕

 (4)寒湿在表により、肢体が麻痺・疼痛するもの。

〔二〕当帰四逆加呉茱萸生姜湯(《傷寒論》)

 【組成】 当帰 細辛 呉茱萸 通草 桂枝 芍薬 炙甘草 生姜 大棗

 【用法】 適量の酒と水を加えて煎じ、滓を除去したものを五回に分けて温服。

 【病機】 寒傷厥陰・気血凝滞。

 【治法】 温経散寒・調営通滞。

 【適応証】 (1)当帰四逆湯証があり、胸満・嘔吐・激しい腹痛などを伴うもの。

 (2)霍乱多寒〔寒証の急性吐瀉病〕で手足が厥冷し、脉が微で途絶えそうなもの。

 (3)疝瘕[せんか]の諸証で、腹痛があり包塊が隆起して聚散〔出没〕を繰り返すもの。

 (4)産婦の悪露がいつまでも止まらず、身体の熱感・頭痛・腹中冷痛・嘔吐・軽い下痢・腰脚がだるく痺れたり軽度の浮腫がみられるもの。

 (5)宿飲〔寒飲〕が中焦に停滞することによる吐酸〔酸っぱい水の嘔吐〕・呑酸〔胸やけ〕などの症状、あるいは冷気が衝逆して心下に迫り胸脇を攻めるために生じる乾嘔や涎沫の吐出、あるいは嘔吐・下痢、あるいは腹痛、あるいは転筋〔こむらがえり〕、あるいは婦人の積冷血滞により月経期間が短く量も少ない・腹部がひきつり拘攣し心下〔胃📠部〕や脇下に波及することもある・肩背強急〔肩や背が強張る〕・頭や項部が重く痛むなどがみられ、手足の冷えと微細の脉を伴うもの。

 (6)小児の走腎〔睾丸の遊走〕で、腹痛のために泣き止まず、睾丸が陰嚢部に存在しないもの。

 (7)縮陰証〔男子は陰茎・陰嚢の収縮、女子は恥丘の収縮〕。

〔三〕呉茱萸湯(《傷寒論》)

 【組成】 呉茱萸 生姜 人参 大棗

 【用法】 水煎して一日三回に分け、微温で服用。

 【病機】 肝胃虚寒・濁陰上逆。

 【治法】 温肝降逆。

 【適応証】 肝胃虚寒による乾嘔・よだれやつばきの吐出・頭頂部痛・胃脘部や腹部の疼痛・舌質は淡・舌苔は白滑・脉は弦遅。

〔四〕暖肝煎(《景岳全書》)

 【組成】 肉桂 小茴香 沈香 生姜 茯苓 当帰 枸杞子

 【用法】 沈香をすり潰して粉末にし、他薬を水煎して滓を除去した液で、沈香末を冲服する。

 【病機】 肝寒気滞。

 【治法】 温肝解鬱・行気止痛。

 【適応証】 肝寒気滞による下腹部の疼痛・疝気〔腹部内臓の脱出・ヘルニア〕など。

〔五〕天台烏薬散(《医学発明》)


 【組成】 烏薬 木香(炒)一五g小茴香(炒) 青皮(白身を除去) 良姜(炒) 檳榔子 川楝子 巴豆

 【用法】 先ず巴豆を少し打ち砕き、川楝子と一緒に麸で炒って黒変させ、巴豆と麸を除去し、他薬とともに細末に製し、毎回三gを温酒で服用する。

 【病機】 寒凝気結。

 【治法】 温肝解鬱。

 【適応証】 (1)寒疝〔下腹部・陰嚢・睾丸などの疾病により生じる急性腹痛で、寒冷を誘発原因とするもの〕で、肝経気実・気滞寒凝により睾丸に放散する下腹部痛・脉は沈遅あるいは弦・舌質は淡・舌苔は薄白。

 (2)寒気の凝結による腹痛・月痛経。
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2018年10月21日

少陽三焦の組織構造のイメージ

少陽三焦の組織構造私見
(実体が無いと言われる少陽三焦の組織構造モデル!)


 以下は陳潮祖先生の多くの著作類「中医病機治法学」「中医治法与方剤 第三版」などをヒントにしつつ、あくまで村田恭介が平成五年に勝手にイメージした「少陽三焦」の立体構造モデルである。臨床に直結したあらゆる中医学理論を検討する時に大変重宝しているので、当時の愚見として参考に供したい。

 手の少陽三焦は、身体の外殻の裏で臓腑の外にある 膜腠(膜原と腠理)部分である。膜腠は、外は肌表に通じ内は臓腑に連絡し、上は巓頂から下は足に至り、五臓六腑・表裏上下すべてが三焦と連絡し、津気が昇降出入する区域である。

 膜原とは臓腑や各器官・肌肉の組織間などを膜状に包み込む膜組織(細胞状の無数の管道となっている)であり、腠理とは膜(膜状の膜組織)外の間隙である。

 肝は筋膜を主り、筋は膜が円形に管道を形成した集合体であり、管道中を営血が流通し、管道外の間隙を津気が流通する。膜は肝が主る筋の延長で、常に陰液による濡養を必要とする。

 あらゆる臓腑や経絡・諸器官(気管・血管・卵管・尿管など)の実質は、膜が円形に管道を形成した無数の集合体である筋膜で構成され、精気血津液という五種の基礎物質が運行出入する通路となっている。つまり、筋膜組織内の管道中を営血が流通し、管道外の間隙を津気が流通するのである。

 また臓腑の外壁や腑の内壁および血管・気管・胆管などの外壁と管の内壁は、津気が運行する通路である三焦の膜腠に被(おお)われている。

 注意すべきことは、臓腑・経絡・諸器官を構成する筋膜組織中の無数の管道それぞれの間隙は、津気が出入する通路となっているので、実際には臓腑・経絡・各器官の組織中にも少陽三焦の通路が存在するのである。それゆえ、「少陽三焦の膜腠はあらゆるところに存在する」といわれるのであり、このことは「少陽三焦は臓腑の外」とされることに一見矛盾するようにみえるが、三焦の気機が昇降する区域を述べたものと理解すれば、矛盾はない。

 なお、筋膜に多少とも病変が生じれば直ぐに基礎物質の正常な運行が障害されるのは、肝の疏泄機能が肝の主る筋膜と密接に関係しているからである。

 このような少陽三焦の組織構造の実体をよく理解しておけば、たとえば「腠理に停滞した痰が膜原を傷害したために内風を生じる」とあるように、痰が膜原を傷害するとどうして内風を生じてしまうのかという意味を理解する場合に、膜原は肝が主る筋膜に属していることを認識していれば、「肝は風を主る」ことからすぐに納得できるはずである。
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2018年10月20日

穀精と腎精について

中医学基礎:「精」−穀精と腎精について

   「精」− 穀精と腎精について 村田漢方堂薬局 村田恭介著

 飲食物を消化吸収した後に生成される「水穀の精」(穀精)は「後天の精」であり、精気血津液における精であると同時に、気血津液を生成する基本原料でもある。つまりは各臓腑の機能活動の物質的基礎であるから「臓腑の精」ともいわれる。

 さらに、この「後天の精」は、腎に貯蔵される「先天の精」という生命活動の源泉を絶えず補充し、人体の生命活動を維持する基礎物質でもある。五臓六腑を充盈した後は腎に貯蔵されることになるが、一般的には、この腎に貯蔵される精(腎精)を「精気血津液」という基礎物質における「精」であるとされている。

 しかしながら、ものの順序として、まずは飲食物を消化吸収した後に生成される「水穀の精」が、精気血津液における精(穀精)であり、つぎに穀精の一部が腎陽の気化作用によって腎精と化し、腎に貯蔵されることになったものも同様に、精気血津液における精(腎精)である、と認識すべきであろう。

 このように、穀精と腎精をともに包括したものが「精気血津液」における「精」の意味であるはずであるが、この「穀精」の概念については、基礎理論面では考察されても実際の臨床面においては、比較的看過されがちのように思われる。

 「穀精」の概念の臨床的意義は大きく、とりわけ「穀精不足」の病態の明確化は不可欠である。腎精不足は言うまでもなく各種の補腎薬が適応するものであるが、いっぽう「穀精不足」については、少なくとも脾虚の病態に関連し、補中益気湯・参苓白朮散・四君子湯などが適応することが多い。

 穀精と腎精の概念は、脾と腎の密接な関係を深く掘り下げて考察し、具体的な病態認識を行う上で極めて有意義であり、合理的で整合性のある弁証論治の内容を、さらに充実拡大させるものであると愚考している。穀精と腎精の密接な関係を有機的に理解していれば、卑近な例として、補中益気湯合六味丸や補中益気湯合海馬補腎丸などが適応する病態を認識する上でも、極めて有意義な概念と思われるのである。
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ラベル:穀精 腎精
posted by ヒゲ薬剤師 at 11:51| 山口 ☀| 中医学基礎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

肺系統の中でも、しっかり理解しておくべき重要事項

肺系統の重要部分のみの概括

                                    村田漢方堂薬局 村田恭介著

 (一)肺は気を主り、宣発と粛降の働きがあり、呼吸を司り、水道を通調するので、肺に病変が生じると、気液の宣降失調が基本病理となり、呼吸障害・咳嗽・喀痰などが主症状である。

 (二)肺は嬌臓(デリケートな臓器)であり、呼吸を司り、皮毛に合しているので、外邪の侵襲を最も受けやすく、寒熱燥湿いずれの刺激に対しても容易に影響を受けやすい。感冒や鼻炎など、肺系統の疾患が日常的によくみられるのはこのためである。

 (三)肺の宣降機能は、他の臓腑の気機と協調したり制約を加えたりする作用を持ち、心を補佐して営血の運行を推動するなど、肺臓特有の他臓との有機的な関連性の特長を把握した上で、それぞれの病機と治法を修得し、実際の臨床に応用すべきである。

 ●肺衛の意味

 肺衛という用語は中医学で頻繁に使用されるが、使用される状況によって微妙に意味が異なるようである。主として肺気の宣発と表衛の関係や、肺気の宣降と衛気の関係にもとづく用語で、「肺が主る衛外や表衛(体表衛分)」「肺および衛」「上焦肺経および衛陽(または表衛)」「肺気と衛気」などの意味が考えられる。

 また、皮毛の生理機能を肺衛(肺の衛り)として概括することも多く、つまり肺を護衛する役割としての皮毛の機能を指すなど気機や陽気の名称であったり、また病位を示す用語であることも多く、意外に注意を要する用語である。

 ところで、同業のK先生は解剖学的なイメージで「肺葉内を流通する衛気および衛分」が肺衛であり、「表衛は、口腔・鼻腔から気管および気管支の各内壁表層(皮毛様組織)を経て、肺胞嚢の内壁表層と連続かつ連動しており、この肺胞嚢の内壁表層の皮毛様組織を流通する衛気および衛分が肺衛である」と認識しておられるそうであるが、大変興味深い御発想である。

 ここで筆者なりの考察と補足をさせて頂ければ、「肺衛」は表衛との直接的な連続関係に重点を置いた名称であるからには、むしろ表衛を含めて口腔・鼻腔・気管・気管支・肺胞嚢に至る内壁表層すべてを包括して「肺衛」と見るべきだと考えている。そして、上記傍線部の「肺胞嚢の内壁表層を流通する衛気および衛分」のみを取り出して見たときの肺衛は肺気および肺なのであり、同様に口腔・鼻腔・気管など大気が呼吸によって出入りする通路のみを取り出して見たときの肺衛は肺系であり、体表のみを取り出して見たときの肺衛は表衛なのである。

 このように把握しておけば、同じ肺衛の病変であっても、発熱悪寒・無汗・頭痛・体痛などの衛陽(表衛)の鬱滞を主とする風寒客表の麻黄湯証と、咳嗽・痰涎・胸脘痞悶などの肺気の宣降失調を主とする風寒襲肺の杏蘇散証のように、風寒表証において肺と衛の病変の重点が異なる現象の説明にも対応することができる訳である。
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ラベル:肺系統
posted by ヒゲ薬剤師 at 07:26| 山口 ☀| 中医学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月18日

脾胃系統について

脾胃系統の概括

                                村田漢方堂薬局 村田恭介著

 ●脾胃はすべての疾病と関連する

 「脾胃は中土に居す」と言われるように、脾胃は五臓系統の中で最も中心的で重要な部分である。
 他臓についても五臓間の整体関係から同様な表現が可能であることは言うまでもないが、脾胃系統については、特に強調しておく必要がある。
 すべての疾病の基本構造は、「気血津精の昇降出入の異常と盈虧通滞」と言え、五臓の生理機能はいずれも気血津精の生化輸泄(生成・輸布・排泄)と関係がある。気血津精に過不足(太過や不及)が生じたときが病態であり、五臓間の相生・相克関係は、気血津精の生化輸泄の状況に直接関与している。
 この疾病の基本構造にもとづいて考察すると、脾胃は中焦に位置して五臓の気機が昇降するための中軸であり、他のすべての臓腑と極めて緊密な関係があるので、脾胃に病変が発生すると他の臓腑に容易に波及し、他の臓腑に病変が生じると脾胃に容易に波及する。
 また、五臓六腑は機能活動を維持するために、精気血津液を基礎物質として必要としており、脾胃が納運する水穀精微は精気血津液を生成する基本的な源泉であるから、脾胃と精気血津液の摂納・生成・輸布・排泄とは密接な関係がある。それゆえ、脾胃に病変が発生すると他の臓腑に容易に波及し、他の臓腑に病変が生じると脾胃に容易に波及するのである。

 ●他臓の疾病に脾胃の論治が必要な場合

 眩暈を主訴とする肝病に対して半夏白朮天麻湯が適応するとき、口内炎を主訴とする心病に対して半夏瀉心湯が適応するとき、浮腫を主訴とする腎病に対して分消湯や補気建中湯が適応するときなどがある。
 逆に、脾胃の疾病に他臓の論治が必要な場合は、嘔吐を主訴とする疾病に対して腎系統の治療薬である五苓散が適応するときや肝胆系統の治療薬である小柴胡湯が適応するとき、下痢を主訴とする疾病に対して腎系統の治療薬である真武湯や五苓散が適応するときなどがある。

●脾胃は病邪の中では湿邪との関連性が最も深い

 湿邪は陰邪であり、粘膩・粘滞な性質を持つためなかなか除去し難く、全身各所の特定の部位で停滞しやすい。
 脾胃は水穀の海であるから湿邪の影響を最も受けやすい。
 湿邪は外湿と内湿があり、外湿は外来の湿邪による病変を指し、内湿は脾虚不運湿による体内から生じた湿邪の病変を指す。
 外湿と内湿の関連性は深く、脾虚不運湿は外湿を招来する誘因となり、外湿が除去されなければ脾が損傷されて内湿を誘発する。
 湿邪は他の邪気と合併することが多く、風邪や寒邪とともに経絡に侵入して痺証を形成したり、寒邪を伴う寒湿の病証や、熱邪を伴う湿熱の病証を形成し、なかでも湿熱の病証が比較的よく見られる。
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ラベル:脾胃
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2018年10月17日

肝胆系統の病機と治法について

肝胆系統の病機と治法の概括

                               村田漢方堂薬局 村田恭介著

 特に注目すべきは、陳潮祖先生が『中医病機治法学』で提示される以下の二項目の見解である。

@肝の疏泄機能は、気血津液精という五種類の基礎物質の運行調節を統括管理するものであるが、このことは「肝が筋膜を主っている」ことと関連があるのであろう、との見解である。

A少陽三焦は、膜原と腠理の二つの組成部分を包括したものであり、表裏上下のあらゆるところに存在し、五臓六腑・四肢百骸の組織と連絡し、津気が昇降出入する通路となっている、との見解である。

 少陽三焦とは、陳潮祖教授が御高著で指摘するように、膜原と腠理から構成される機能体を指している。そしてこれらは肌表、五臓六腑、四肢百骸の各組織と連絡し、津と気が昇降出入する交通路となっているものである。

 膜原(まくげん)は臓腑や各組織器官を包み込む膜のこと。

 腠理(そうり)とは、膜外の組織間隙のこと。

 もっと詳細に述べれば、腠理というのは、皮膚・肌肉・筋腱・臓腑の紋理や間隙などの総称であり、皮腠・肌腠・粗理・小理などに分けられる。腠理は体液のにじみ出る所であり、気血が流通する門戸であり、外邪が体内に侵入するのを防御する働きがあるなどと解釈されるのが一般であるが、
下線部の「気血が流通する」とい点については疑義があり、「気津が流通する」というように、気と津に限定すべきだと愚考する。血を全面的に含めてしまうと、あまりにも流通物質が拡大し過ぎるので、主として気と津とにある程度限定的に捉えたほうが合理的であろう。

参考文献:猪苓湯と少陽三焦

 ●肝の疏泄機能と筋膜の関係

 肝は蔵血の臓であり、胆汁の生化輸泄を主り、血量の調節と胆汁の輸泄を包括していることは一般常識となっているが、気血津液の疏泄調節と肝が主る筋膜との関連については、まだまだ重視されるに至っていない。

 すなわち、供血運行する脉絡と、胆汁を輸送する胆管など諸々の管道は、いずれも肝が主る筋膜によって構成されており、しかも筋膜組織に属する膜原と腠理は、三焦の組成部分でもあることを認識する必要があるのである。膜腠(膜原と腠理)は、衛気が昇降出入する所であり、水液が運行出入する道である。それゆえ、脉絡・胆道など諸々の管道、および膜腠に多少とも変化が生じると、すぐに気血津液の流通に影響する。これとは逆に気血津液の盈虧と通暢に異常があれば、直接筋膜に影響して病変が発生する。なぜなら、筋膜の和柔活利のためには、陽気の温煦・血液の滋栄・陰津の濡潤を必要としているからである。

以上は、

肝の疏泄機能は気血津液精という五種の基礎物質の運行調節を統括管理しているが、このことは「肝が筋膜を主っている」ことと直接関連がある、とされる陳潮祖先生提示された学説の根拠である。

●「肝の体陰用陽」の意味するもの

 五臓はすべて「体陰用陽」であり、何の変哲もない中医学の基礎理論の一つに過ぎないと思われるのに、どうしてわざわざ「肝」についてのみ、「体陰用陽」を特別に強調する必要があるのであろうか?

 訳者が種々の文献類で調査し、考察・検討を加えた結論では、

 「肝は蔵血の臓であり、血は陰であるから肝の実質は陰である。肝は疏泄・昇発・筋の活動などを主り、内に相火が寄り剛猛な性向があって容易に化火動風するので、肝用すなわち肝の機能は陽に属し、肝体と肝用は相互に依存する。」

 という肝の特徴を特別に強調する為の象徴言語とされているようだ、ということである。 もとをたどれば、中国の清代の名医葉天士が、《臨床指南医案・肝風》において「肝為風木之臓、因有相火内寄、体陰用陽、其性剛、主動主昇」と述べた文章が土台となっており、後世において「体陰用陽」という用語だけが、シンボリックな表現として一人歩きし始めたのではないかと思われるのである。

 ところで、肝の体陰用陽のみを取り上げて分析すれば、「肝の実体(実質)は陰血であり、肝の作用(機能)は陽気である。」ということであるが、より簡潔に表現すれば「肝は血を以て体と為し、気を以て用と為す。」ということになる。これは、文匯出版社発行の『中国歴代中医格言大観』における肝の体陰陽用に対する注釈文であり、本書に従えば、肝は血を以て体と為し、気を以て用と為すので、肝は「体陰用陽」と云われるのである、ということである。

 このように、「肝の体陰用陽」という用語のみに着目すれば、当然と云えば当然の中医学基礎理論の用語法の一つに過ぎない訳である。

 ところが、体陰用陽はいつの間にか、前述の「肝為風木之臓、因有相火内寄、体陰用陽、其性剛、主動主昇」という葉天士の述べた主旨を喚起するための枕詞や象徴言語として使用されるようになり、次第に葉天士の述べた主旨のすべてを意味する用語として、定着するに到ったと思われるのである。

 ところで、すべての疾病は、多かれ少なかれ必ず肝と関連するので、もしも難病奇病であらゆる治療に抵抗する場合は、肝胆系統との関連性に基づいた病機分析を行えば、有効な打開策が見付かることが多いといわれる。たとえば、一九八九年に発行された朱進忠著『難病奇治』(科学技術文献出版社重慶分社)は、大いに啓発される内容である。

●附録●中医眼科学における西洋医学検査の重要性について

 眼科疾患は、西洋医学と同様に中医学においても眼科の専門科があるように、かなり特殊な領域である。現代の中医学における眼科治療においては、正確な弁証論治を行う上で、西洋医学的な病態認識が必須事項となっている。それゆえ、必ず西洋医学の眼科専門の設備の充実した医療機関における検眼検査等の詳細な西洋医学的診断が求められる。
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posted by ヒゲ薬剤師 at 11:28| 山口 ☀| 中医学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

「証」と「症」について

 本拙論は、『和漢薬』誌に陳潮祖著『中医病機治法学』の訳注連載の初め頃に考察した問題だったと思う。
中医学および漢方医学上の「証」と「症」の問題点について

                                  村田漢方堂薬局 村田恭介著

 現代の中国で出版される中国語による中医学書類においては「証」と「症」を混用したものばかりでなく、「症」の字は一切使われず、「証」の字のみで統一されている書籍がかなり多い。筆者の最も愛読する陳潮祖先生の「中医病機治法学」もこの後者のタイプの原書に属し、現在もこのタイプの書籍は個人の著作によるハイレベルな内容のものに多い。

 これらによると一般的な日本における西洋医学用語の「症状」は「証状」や「証候」に該当し、「症候」は「証候」に該当する。

 このため、「証候」の意味には、

 @ 西洋医学用語の「症候」や「症状」と同義の場合。

 A いくつかの症状が複合して一つの病態(病証)を形成したときに使われる「証=証候」の場合(例えば気虚証・腎陰虚証・肝気鬱結証などで、つまり陳潮祖先生の言われる「病機」のことである)。

 の二通りの意味合いがある。

 したがって、それらの中医学原書においては、その著者の流儀により、あるいは前後の文章の意味合いから一々見分けて判断しなければならない。

 たとえば陳潮祖先生の《中医病機治法学》(四川科学技術出版社 1988年発行)の原文では「証」「証状」「証象」「証候」のみで、「症」の字はまったく使用されず「証」の字ですべて統一されている。

 そして原文中の「証」や「証候」については前項で述べた前者@の意味あいのことが多く、つまり日本語の「症」や「症候」に該当し、後者Aの意味で使用されることは比較的少ない。後者Aの意味に対する用語は、本書の題名である「中医病機治法学」が示す通り、主には内経を土台とした「病機」という表現をとられているのである。

中国における最近の傾向

 ところで、昨今の中医学書の中には「証」と「症」の字を厳密に使いわけている書籍も増えてきており、一九九一年五月に東洋学術出版社から翻訳出版された焦樹徳著「症例から学ぶ中医弁証論治」(生島忍訳){原書の初版は一九八二年}において、焦樹徳先生はこの点について次のようにしっかりとした見解を示されている。
ある学者は、症の字と証の字は互いに通用できると提唱している。その根拠は古代には症の字は存在せず、証の字だけが使われていたのだから区別する必要はないとしている。このように、ただ単に一つの文字だけに限って考証して断定するのは正しいことであり、私も同感である。しかし物事は絶えず発展しており、古代に使われなかった文字が現代は存在するのである。そして現在、症の字は習慣的に症状の意味で用いられている。それゆえ、私は、医学の領域で証・症・病に明確な意味づけができ、それが次第に共通の認識となれば、疾病の観察と研究、医学の理論的探求にとって有利であろうと考える。そこで証・症・病について私の考え方を述べ、参考に供したい。・・・・・・・・
 とされ、「症」と「証」の使い方を厳密に区別する必要性を論じられており、未だに多くの中医学原書に採用されている「症」の字と「証」の字を混用したり、「症」の字の存在を無視した方法を改め、中医学の将来のために、厳密な区別を行った使い方を訴えられているものと拝察される。

 ところで、中国の名医、故・秦伯未先生は「中医臨証備要」(人民衛生出版社 初版1963年)中において、
「證」「証」「症」は実際には同一字で同一の意味であり、正しくは「證」、簡略化すると「証」、俗に「症」と書かれる。「証は証候を指し、症は症状を指す」との説があるが、この区別に根拠はない。このような区別をはじめだすと、古い時代の文献を調べるときに錯覚を生じることになろう。
 と警告されていることも忘れてはならないのだが、今後の中医学の発展を考えるとき、焦先生の御見解には強い説得力を感じた次第である。

  中医学教科書での定義

 既に中国国内の教科書類によると、「症」と「証」をきっぱりと使いわけている。例えば「中医診断学」{上海科学技術出版社 初版1984年}によると、
 「症状」と「証候」は全く異なった概念である。「証候」は単に「証」とも呼ばれ、疾病の病因・病機(病理機序)・病位・症状・舌診および脉診所見を総合的に概括したものである。表実証・陰虚証などとして表わされ、この証候とは疾病の本質を意味し、疾病の診断結果なのである。
 とされており、その他の書籍でも四川科学技術出版社の「中医診断学」では、

 「証」と「症」の概念は異なる。「証」は「証候」を指し、疾病の一定の病理段階における病因・病位・病性および邪正の力関係の病理的概括である。一方、「症」は「症状」を指し、疾病が外面的に反映した頭痛・発熱・咳嗽などの一つ一つの徴候である。

 賈何先・王輝武著「提高中医療效的方法」(重慶大学出版社 初版1986年発行)には、
「証」は「証候」を指し、病因・病位・病性・病勢・臨床症状・診断と治療の方向などを概括したものである。
 とあり、陳潮祖先生自らも『中医病機治法学』中の《第三章・治療原則と治療の大法》中の治病求本のところで「疾病の本質というのは病機のことで、昔の書籍では証と言っている」と述べられている通り、「証候」とはまさしく陳潮祖先生がメインテ−マとされる「病機」そのものなのである。

 ところで、一般の中医学の原書においては、症・証・症状・証状・証候はあっても、「症候」という用語は、私が知る限りにおいては殆ど見当らないもので、中国語の辞書にはあっても、実際には滅多に使用されない用語であるらしい。「症」と「証」をはっきり区別して使用されている中医学原書においても、日本語の「症候」も「症状」もすべて「症状」や「症」としてのみ表現されているように思われる。

 蛇足ながら、痺証・淋証・血証などの病名については、病機(証候)を構成する要素の特徴的な共通部分を概括し「証」の字を使って名付けられた概括的な病証名であり、閉証・脱証などの一種の症候名については、疾病に伴う特殊な状況の病機(証候)に対する概括的な証候名である。 

日本語訳における「症候」という訳語について

 さて、「症候」という言葉は、中医学用語の中に適用させるには中途半端でどっちつかずではあるが、方便としては大変便利である。ところが、一般の中医学の原書においては、症・証・症状・証状・証候はあっても、「症候」という用語は、私が知る限りにおいては殆ど見当らないもので、中国語の辞書にはあっても、実際には滅多に使用されない用語であるらしい。「症」と「証」をはっきり区別して使用されている中医学原書においても、日本語の「症候」も「症状」もすべて「症状」や「症」としてのみ表現されているように思われる。

 日本語の「症候」は、中国においては「症徴」や「症状と体徴」などと表現されており、これらの意味そのものを示す時も「証候」と表現される論者も多いようである。

まとめにかえて

   中医学における「証候」の意味(漢方専門の用語「証」の中から引用)
 従来の中医学における「証候」の意味を検討してみると、以下の六種類のようである。
 @ 「証」のこと。つまり、疾病過程におけるその時点の一連の症候にもとづいて把握される病理的概括(疾病の本質)である。
 したがって「弁証」というときの「証」にしても、「病証」と表現される用語における「証」にしても、証候名すなわち証名や証型の意味である。
 たとえば、葛根湯証、桂枝湯証というとき、あるいは営衛不和証・太陽表虚証・表寒表虚証・風寒表証などと表現するとき、いずれも同様に「疾病過程におけるその時点の一連の症候にもとづいて把握される病理的概括(疾病の本質)」ということであり、これを成都中医学院の陳潮祖教授は「病機」としている。
 A 上記@のような、桂枝湯証や営衛不和証と表現される根拠となった症候のこと。つまり、その証の確定根拠となる一連の症候のこと。言い換えると「某証と確定するのに不可欠な一連の症候」のことを指して「証候」と表現されるものである。
 B 一般的な日本で言う「症候」のこと。中医学専門書籍類には不思議なことに「症候」という熟語はほぼ皆無に等しいが、ちょうど日本語の一般的な意味での「症候」を表現するもので、自・他覚症状を一括した意味である。つまり、中国語の「症徴」や「症状と体徴」などと表現されるときの意味と同義語として「証候」と表現されることも多い。
 C 「証候」の意味として、上記の@とAのどちらの意味にとっても間違いではないというどっちつかずの表現で「証候」がよく使われるが、意味としてはどちらに取ろうが、両者を兼ねようが、大きな誤読を誘うような問題は決して生じない。
 D それゆえCの最後の@Aの両者を兼ね、二つの意味をそのまま包括した二重の意味として「証候」が使われていることも多い。
 E病状が進展し、伝変する趨勢を示唆する意味としての「証候」。
 など、表現される前後の文意によってかなり可変的な用語なのである。

 また、 「証」についても「証候」の意味の中で@Aの意味と全く同様であるばかりでなく、Bも同様であり、CとDの二重性をはらんで使用されてきたことは全く同じで、従って「証」も「証候」ほぼ同じものであり、証候の省略形が「証」と考えても間違いではないのである。
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2018年10月15日

構造主義的中医漢方薬学

10年以上前に、偶感的にHPのために書いたような記憶がある拙論。
構造主義的「中医漢方薬学」論
 
         村田漢方堂薬局 村田恭介著

 中医学における五臓間の整体関係については、五臓の組織構造は連繋して一体化し、機能活動は相互に協調しあっているので、五臓を関連づけて分析し、整体関係に注意してはじめて、症状に対する認識を見誤ることなく有効な施治を行うことができる。それゆえ他臓の疾病に対する脾胃の論治や、脾胃の疾病に対する他臓の論治など、実際の臨床では日常茶飯事である。

 このような五臓間の整体関係を重視する中医学は、スイスの言語学者ソシュールを先駆とする「構造論」的な分析が可能である。つまり、言語の様相を体系的にとらえ、各言語間の機能的連関を明らかにして言語の法則を追求する「構造言語学」を主要なモデルとする科学的な分析方法、すなわち「構造主義」を立脚点とし、中医学の検証とともに実践的な発展方向の追究が行えるのである。

 たとえば、個々の既成方剤が適応する症候の構造分析による「病機と治法」の再検討−依法釈方−、個々の既成方剤の配合薬物の構造分析による「病機と治法」の再検討−依薬釈方−など、その他にも構造論的に分析検討すべき領域が余りにも多いので、ここでは序論的な部分のみを述べておきたい。

 フランスの高名な精神科医ジャック・ラカンは、ソシュールの言語学をモデルとして、「無意識は言語のように構造化されている」という命題を出発点としたが、

「生体内の生命活動も言語のように構造化されている」と言える。

 それゆえ、五臓相関の「陰陽五行学説」は構造主義的な科学理論であると言えるのである。そこで、中医学から見た人体の基本構造は「五行相関にもとづく五臓を項とした五角形」であり、病態認識の基礎理論となるべき構造法則は「陰陽五行学説」にほかならない。

 この陰陽五行学説にもとづく「中医学理論」こそは、よりハイレベルな構造法則を求めて常に発展し続けていく必要がある。今後の課題としては、ミクロ的な部分で優れた視野を持つ西洋医学の成果を、中医学の欠を補うべく、どのような形で吸収すればよいのか、という大きな問題が残されていよう。

 とは言え、少なくとも『医学領域における「科学」としての中医学』と合わせて検討して頂ければ、近い将来にも中医学や中医漢方薬学が「構造主義的中医漢方薬学」として認知され、マクロ的には非科学的ではあるがミクロ的な部分で優れている西洋医学をより有効に活用すべく、中医学に吸収合併する形で結合すべき事態の必然性と必要性が見えて来るはずである。

 けだし、フランスのミッシェル・フーコーの著作『臨床医学の誕生』(みすず書房)やロラン・バルトの『記号学と医学』(みすず書房「記号学の冒険」中の論文)で行われた西洋医学に対する構造分析は、極めて示唆に富むものではあるが、整体観の欠如した西洋医学が対象であっただけに、不満足な成果しか得られていないように思われる。

 たとえば、ロラン・バルトが『記号学と医学』の中で、

「徴候学(セミオロジー)と名のついた書物を見れば、医学的な記号学(セミオロジー)=徴候学(セミオロジー)のいくつかの原理を容易に引きだすことができるだろうと思っていた。ところが、そうした書物は、私に何も教えてはくれなかった」と述べているように。

 さらにはバルトもフーコーも、「病気を読み取るということは、病気に名前をつけることなのである」と指摘しているが、西洋医学的な病名=診断名を示すことで、果たして十分に「疾病の本質」が読み取られていることになるのだろうか。病名を提示できても、医学的な実践としての治療を満足に果たせない現実も多いことは、先述のバルトの落胆の言葉の裏返しに過ぎないように思われる。

 いっぽう中医学においては、病気を読み取るということは「病機を把握すること」であり、病機は徴候(一連の症候)にもとづいて把握され、病機を正確に把握できれば、治療方剤もおのずと決定され、治療効果も比較的高い。このように、中医学では医学的な実践としての治療が、病態認識に連動して行えるように体系化されているのである。

 ロラン・バルトは、一九七二年に発表した前述の『記号学と医学』において、

「今日の医学は、いまもなお本当に記号学的(セミオロジー的)=徴候学的(セミオロジー的)なものなのであろうか?」と、西洋医学への問いを残しているが、二十三年後の今日、飛躍的に高度化した西洋医学にとって、極めて意味深長である。

 それにしても、フーコーやバルトがさらに中医学をも対象として、記号学=徴候学(症候群 ≒ 一連の症候 = 証候 = 証)を研究していたなら、「中西医結合」の合理的な実現可能性のある理論を提示できていたことであろうにと、悔やまれるのである。

 構造主義であれポスト構造主義であれ、解釈学に終始して将来に向けての発展的な提言がなければ、価値も半減というものであろう。
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2018年10月14日

科学としての中医学

 類似した内容の拙論も数十年前に各所に書いた気がするが、いつ何時書いたのか、あるいはどこに発表していたのかは現時点では不明。
医学領域における「科学」としての中医学

                                   村田漢方堂薬局 村田恭介著

 陰陽五行学説にもとづく中医学理論は、まぎれもなくスケールの大きな一つの科学理論であることを指摘しておきたい。 まず、構造主義科学論の提唱者、池田清彦氏(山梨大学教育学部教授)の諸論文『構造主義生物学とは何か』『構造主義と進化論』『構造主義科学論の冒険』などの著書を拝読して、村田流に理解したところでは、

 科学とは、現象間の関係記述である。つまり、科学とは変転する現象間の関係を、なんらかの不変の同一性(構造・形式・公理など)によって記述しようという営為である。

 したがって、あらゆる科学理論というのは構造(構造・形式・公理など)という不変の同一性によって、現象という変なるものを変換・体系化したものである。

 それゆえ、最終的に正しい究極の理論というものはありえず、より多くの現象を説明できる理論が、より有効な理論と言えるだけなのであり、背反する二つの理論が同じくらいに有効なときでも、必ずどちらかの理論が間違っている、などということは、決してない。 ということである。

 この二つの背反する理論の具体的な例としては、西洋医学理論と中医学理論を比較すればおのずと明白であり、とりわけ両者における病態観の相違を検討すれば容易に察することができる。

 ともあれ、陰陽五行学説にもとづく中医学理論そのものがすでに現象間の関係記述という構造主義的な理論構成をなしているだけに、医学領域における最先端の科学理論として、再認識されてしかるべきであろう。それゆえ、今後の研究課題としては、中医学を構造論的な方法で徹底的に分析して行く必要があると愚考しているが、これによって昭和の終わり頃から村田が提唱してきた日本漢方の将来のあるべき姿として、弁証論治の中医学に随証治療の漢方医学を吸収合併させた「中医漢方薬学」の確立だけでなく、理想的な中西医結合の方向性を発見し確立することができるように思われる。

 構造論の短絡的な誤解と歪曲の誹りを免れないが、ここで敢えて暫定的に、より具体的な考察を加えておくと、

 弁証論治における弁証の世界では、四診によって認識される一連の症候にもとづいて把握される疾病の本質(病機)を構造とみることができる。このときの構造(病機)は、要素集合(一連の症候)に構造法則(中医学理論という文法)を用いて解読する仕組となっている。つまり、

 構造(病機〈疾病の本質〉)= 要素集合(一連の症候)+ 構造法則(中医学理論)

 と定義することができよう〔勁草書房発行・上野千鶴子著『構造主義の冒険』の十五頁を参照〕。

 けだし、構造主義科学論の視点から見ると、中医学には「整体観」という構造論的な視点が既に確立しているのにくらべ、西洋医学においては−ミクロ的にはともかく−マクロ的には構造論的な視点が比較的乏しく、このために西洋医学は「非科学的」であると言われてもしかたがないのである。したがって、現在の西洋医学においては、

 構造(病名〈疾病の本質〉)= 要素集合(諸検査を含めた自他覚症状)+ 構造法則(西洋医学理論)

 という関係式は成立し得ていない。

 つまり、西洋医学では全体系を支配する構造論的観念が欠如しているために、西洋医学理論は構造法則としての文法が不完全なものであり、それゆえに西洋医学における病名は、構造分析によって導きだされる「疾病の本質」を表現するものとしては、常に不完全なものでしかない訳である。

 それゆえ、中医学に西洋医学を吸収合併させ、西洋医学の特色である諸検査を有効に活用する方向こそが、臨床医学という現実に即した、今後の新しい医学の方向であると思えてならないのである。

 とは言え、小論の目的は我田引水的に中医学が完全無欠であると訴えているものではなく、構造主義科学論の立場から見ると、中医学理論のみならず「陰陽五行学説」そのものが、一つの立派な科学理論であるということ、および前述の構造の定義を用いて解読すれば、西洋医学においてさえ、非科学性が見えてくることを述べたかったのである。

 のみならず、最も重要な問題としては、西洋医学という中医学とはかなり異質な医学を、前述の構造の定義にもとづいて比較検討しつつ詳細に分析すれば、西洋医学におけるミクロ的な部分における高度な科学性が改めて認識され、構造論的に見て完成度の高い中医学においても、四診内容の未熟性と疾病の本質を示す病機の表現のありかたの未熟性を認識することができるということである。

 しかしながら、両者を結合する方法論としては、科学的な理論体系として既に完成度の高い中医学に、マクロ的には完成度の低い西洋医学を吸収合併させることこそ、疾病の治療を目的とした臨床医学の要求にこたえ得る、より優れた医学・薬学が創造される道ではないかと愚考している訳である。
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2018年10月13日

中医漢方薬学の理念とは

1995年にウチダ和漢薬発行の『和漢薬』誌500号記念に依頼されて書いた拙論

中医漢方薬学の理念

                     村田恭介
 ●中国の新刊書『日本漢方医学

 おとなり中医学の本場中国では、中医学関係の新刊書籍類が、ひところほどではないにせよ、毎月かなりな点数が発行され続けている。最近、中国中医薬出版社から発行された『日本漢方医学』という七百頁に近い大部の書物を入手したが、日本漢方に関する書籍は、ここ数年だけでも4〜5点を下らない。本書においても、日本の伝統医学としての漢方医学に対する中国側の関心のほどがうかがえるものの、日本漢方の歴史と伝統や最近の研究成果を掲載するばかりでなく、問題点についても見逃してはおらず、最終章「日本漢方医学発展の趨勢と現存する問題点」の文末の最後の二行において、次のように指摘している。
「村田恭介は日本漢方の将来として『中医漢方薬学』を声高に提唱しているのであるが、現在までのところ日本の漢方界では基礎理論の研究と運用をないがしろにしたまま、今日にまで至っている。」(この部分を最後に本書の全文が終了。翻訳は村田。)

 一九九四年三月に発行されたばかりの、この新刊書籍の最終末尾である最も結論的な部分で、筆者が六年来提唱し続けている「中医漢方薬学」が引用されており、わかる人には分かってもらえるものだと嬉しかったものの、「現在に至っても日本の漢方界では基礎理論の研究と運用が未だにないがしろにされたまま」であると結論づけられているだけに、些か複雑な思いでもある。つまり、村田の声高の提唱があっても今までのところ、ほとんど無効のようであるとの大きな嘆息が聞こえてくるからである。
 ところが実際のところ、昨今では日本の各地で中医学熱が高まっており、六年前に筆者が初めて「中医漢方薬学」を提唱した頃に比べて、まったく隔世の感がある。漢方系の多くの雑誌に掲載される記事など、とりわけメーカーサイドの機関紙などは、期待される方向に確実に進んでいるようである。K社の機関紙もI社の機関紙もM社の機関紙もしかりと言え、薬系の漢方こそは「中医漢方薬学」の実践が定着しつつあるように思われるのである。
 いっぽう、医系の漢方は薬系ほどではないらしい。その証拠に未だに中国側は、日本漢方界では基礎理論の吸収とその臨床応用がまったく不十分であると見ているように、中国側が主として情報源とされている日本の権威あるべき漢方関係の学会誌や機関誌が、そのような認識を持たれても致し方ないような記事が少なくないからである。

 ●中国の中医学界の動向

 翻って、本場中国の現況はどのようであろうか。本場には本場なりの問題を抱えているようで、季刊『中医臨床』誌(東洋学術出版社)の一九九四年九月号に掲載の編集部による「北京リポート」によれば、建国以来中医学をリードしてこられた第一世代の呂炳奎教授は、
「最近の経済情勢の混乱と西洋医学化現象には強く憂慮している。中医の特色を保持することを基本におかねばならない。それでなければ中医は必ず消滅する。発揚はその上に築かれるものだ」
 と、現在の中医学界に対する危惧の念の述懐があり、他の老中医も言い方はさまざまであるが、同様の発言であったといわれる。
 ただし、その中で印会河教授だけは異なった意見で、
「発揚に力を入れなければ、いつまでも二千年前のままである。これで現代社会に適応できるだろうか?」
 との疑念を表明し強調されたという。同教授の発揚重視の観点は、一九八〇年代に純粋中医派からの激しい批判を受け、その後は表立った発言はなかったものの、第二・第三世代の間では根強い人気を得ているとのことである。
 このような「継承と発揚」に内在する問題が、第一世代から第二世代へと指導権が委譲された現在、次第に顕在化しつつあるようで、『中医臨床』誌の編集部が取材した各機関の指導者たちである第二世代の発言には、多かれ少なかれ中医の現代化を強調する発言が目だち、医療従事者であるかぎり西洋医学の知識は最低限必要であり、難病患者が殺到する中医病院においては、中医だけで処理できるものではない、として西洋医学の長所を取り込まなければ、目の前の患者を救うことはできないとの見解から、瘀血があれば丹参、高血圧には羅布麻、リウマチには雷公藤、大葉性肺炎なら魚腥草など、中西医結合の薬理学的研究の成果が取り入れられているとのことである。これに対して編集部では、
「それがすなわち『現代化』であるという論理の短絡を招き、さては『弁病と弁証の結合』という論理に帰結してゆく。」
 とて、批判的な見解を述べている。
 重ねて言うまでもないことだが、建国以来の純粋中医学派の第一世代が、第二・第三世代による性急な西洋医学化運動に対して強烈な危惧の念を抱かれておられるのは、中医学そのものが消滅するのではないかとの危機感からである。

 ●継承と発揚のために

 よりよい生を求めて、ヘーゲルはカントを批判し、マルクスはヘーゲルを批判し、フランスのデリダやドゥルーズ、ボードリアールなどポスト・モダニストたちはマルクス主義を批判し、ポスト・モダニストたちの思想的源泉はニーチェ思想であり、そのニーチェはカントやヘーゲルを批判し、若い頃に心酔していたショウペンハウエルさえも批判した。(ニーチェは、西欧の形而上学は神や超越的な真理に逃避する負け犬や弱者の哲学であるとして根本的な批判を加えたことは周知の通りであるが、現代思想における近代最大の思想家とされるに至っている。竹田青嗣著『ニーチェ入門』を参照。)
 このように、その時代における社会的な現実認識の上から、前人の哲学・思想的業績に批判を加えることを通して、ヘーゲルもマルクスもニーチェも、ポスト・モダニストたちも、それ以前の思想や同時代の思想に批判を加えつつ独自の思想を構築してきたのであり、彼らそれぞれの思想は、彼らの暮らした時代の社会的現実の要請から必然的に生まれた業績であるといえるのである。
 批判が加えられたそれ以前の思想あるいは同時代の思想は、たとえその時代に最高の思想と信じられていたものであっても、やがては次の時代の社会的現実の要請にマッチした新たな思想が構築されるための踏台とされる宿命を担っていたのであり、同様に新たな時代の要請で生まれた新思想も、やがては同じ運命を辿る可能性を常に孕んでいる。
 このように、前人の業績は常に踏台として批判が加えられる宿命と必然性を担って推移してきた近代から現代に至る西洋思想の発展過程は、中医学の今後の継承と発揚の大いなるヒントを提供するものである。
 成都中医学院の陳潮祖教授が言われるように、中医学は哲学理論と医学理論が結合した科学的原理や法則であるだけに、時代の現実的な要請に応じた難治性疾患に対するハイレベルな治療効果を求めるなら、すでに公理とされているような原理や法則についての再検討と再確認を行いつつ、時代の要請にマッチした新たな理論や法則の可能性について、純粋中医学の領域内に留まらず、現代西洋医学・薬理学など、近縁する諸科学を動員して、絶えず追求模索する必要性と必然性が生じるのである。
 以前、本誌『和漢薬』四九八号掲載の拙訳「中医病機治法学(三十五)」のコメント中でも引用したことがあるが、『現代思想を読む事典』(講談社現代新書)の巻頭に今村仁司氏の次のような文章がある。
「特権的な思想の『語部たち』は、一方ではいやがうえにも古典的文献を崇め奉り、他方では現代・同時代の諸思想を上から見下したり、軽侮の念をもって無視したりしてきた。例えば、学者の卵たちが現代的諸思想の研究に志す場合、彼らは先生たちから叱られたものである。教育上、古典の研究から始める方が精神の発展のためにはきわめて生産的であるという理由から教師たちが現代ものに魅かれる弟子たちをいさめるのはまことに正当ではあるが、その限度を越えて現代的な思想はいっさいまかりならぬというに到っては病的というほかはない。この種の病的反応は現在でも至るところにみられる。現代思想へのアレルギーは、古典崇拝の看板に隠れて自分で思索することを放棄した精神の怠慢を押し隠すことにほかならない。こうした思想状況はそろそろ終りにしなくてはならない。」(赤字部分は引用者)
 前回の引用時においては上記の赤字部分をすべて「現代中医学」に置き換えることで、日本漢方界の五〜六年前までの状況にたとえてみたのであるが、今回はその同じ傍線部分をすべて「西洋医学」に置き換えてみると面白い。つまり、本場の中国でさえ、日本の漢方界と内容は微妙に異なってはいても、中医学界の新しい世代と伝統を守り続けてきた世代との相克が見られるのである。
 ここで再び面倒なことであるが、今度は引用文の傍線部分をすべて「現代中医学」に置き換えてみて欲しい。このようにすれば、少し前までの日本漢方界の状況がそのまま映し出されるわけである。ところが、現在の中国側から見れば、六年前から村田による「中医漢方薬学」の提唱もむなしく、日本の状況は基礎理論の研究と運用をないがしろにしたまま、現在に至ってもほとんど変化がないままである、と認識されていることは前述の『日本漢方医学』と題された中国書籍の結論部分を引用した通りである。
 哲学・思想界では、その時代の現実的な要請に応じて、常に前人や同時代人の業績が踏台として批判が加えられつつ、同時代にマッチした新たな思想が構築されてきており、その時代の社会的な現実認識の上で必然性があれば、ニーチェ思想のような復活を遂げる現象も見られるなどの経緯を観察していると、中医学の将来としての中西医結合の必然性や、日本漢方の「中医漢方薬学」の必然性が動かしがたいものとして見えて来る。

 ●進歩と発展のために批判的精神は不可欠

 中医学や漢方を西洋思想の状況と同列において論じることは、些か乱暴に過ぎることは百も承知であるが、多くの共通点も見逃せないことも事実である。革新的な思想も医学も、全面否定するにせよそのまま無批判に継承するにせよ、あるいは批判的に継承するにせよ、いずれの場合でも過去の学問的成果の前提の上に構築されるものであることに違いはない。過去があっての現在であり、現在は過去の延長であるから過去を無視するわけには行かず、かといって過去にこだわってばかりいれば、新しい時代にマッチしない時代遅れで使いものにならない思想や医学に堕する危険性が生じるのである。
 そもそも批判が生じた原因は、批判者の立場からみて同時代の現実的な矛盾や疑問、不都合などを感じ、改良や改革あるいは解体などの必要性を認めたからであろう。無批判に継承して却って沈滞化に陥る事態を招くより、時代とともにますます複雑多様化する難治性疾患に対処すべく、遥かに有益なことのように思えるのである。
 今後のさらなる進歩と発展のために、同時代の現実的な要請にもとづいた有益な批判こそ望まれるのであり、根も葉もない感情的な批判や非難は問題外である。批判を提出するからには、その根拠と理由を明確に示す必要があるのは当然のことで、それゆえに中医学と漢方医学の両者について一定レベルの知識と経験がない者にあっては、おおやけの場で論じたり批判する資格はないことになろう。
 たとえば、筆者が昨年に直接遭遇した経験では、某新聞社からの取材があった折に漢方専門記者の口から、思いがけなく日本の「中医学派」に対する強烈な批判があった。つまり、中医学派である某医師の著書は既成方剤やエキス製剤の合方ばかりで、中医学どころか日本漢方以下ではないかとて、つまるところは某医師の著書にかこつけて、筆者の提唱する「中医漢方薬学」の方法論に対するあてこすりであったらしい。それにしても「既成方剤の使用は中医学に非ず」と認識するレベルの記者が跳梁跋扈する日本の漢方界は、何ともさびしい限りである。
 取材記事についても問題がある。昨今食品業界で一大ブームとなっている「キチン・キトサン」に関する取材に訪れた医療関係専門的のジャーナリストに対し、体内のコレステロールや重金属を排除する作用など動物実験による証明は、中医学的には痰濁に対する袪痰作用に近いということを強調していたのであるが、掲載された取材記事の雑誌や書籍を見ると「瘀血、瘀血」の一点張りの記事となっており、あまりのことに驚愕と同時に唖然としてしまった。今年も取材依頼があったので、どうしてあのような記事になったのかを問えば、各地の複数の医師の取材において、「キチン・キトサンは漢方的には瘀血を取り除く作用がある」と全員が口を揃えて断言されているゆえ、コメントの内容をわざわざ訂正してくれたそうだ。その複数の取材対象にされた医師のお名前を伺えば、なるほど、いずれも中医学とは無縁の日本漢方または西洋医学専門の医師の方々ばかりであった。
 その他、これらに類した一部のジャーナリストの認識不足による混乱記事は少なからずあり、取材された当人の目を通すことなく間違った記事が掲載されるなど、中医学・中西医結合・中医漢方薬学の発揚にとってプラスになろうはずがない。

 ●北京における中成薬ブーム

 さて、再び前掲の『中医臨床』誌(本誌の専門性は高く認識度において信頼性は高いと思われる)によると、外来一日に三、〇〇〇人、病棟ベット数五〇〇床という中国最大の中医専門病院「北京市中医医院」における全使用薬物の内容は大変興味深い。金額に換算すると、中成薬・生薬・西洋薬の使用比率が同じで、それぞれ三分の一ずつだというのである。取材記者は中成薬の比率が予想外に多いと驚いておられるが、のみならず西洋薬の使用比率の高さについても唖然とさせられる。
 ともあれ、このように本場の中医医院においても中成薬は「便利だから、患者によろこばれる」とのことで、この辺の事情は日本とたいして変わりはなく、煎薬でなければ中医学を行えないと信じている一部の日本人のほうがどうかしているのである。

 ●中医漢方薬学のアイデンティティー

 中医学も中医漢方薬学も、ともにアイデンティティーを形成している最も根源的な部分は、言うまでもなく中医基礎理論である。中医学と中医漢方薬学の違いは、後者では方証相対論にもとづく随証治療の精神を弁証論治に取り入れていることである。つまり、伝統的な既成方剤それぞれが適応する一連の症候(証)の探求と分析を通じて、弁証論治における治法に対する方剤の選定をより能率的に導く工夫がある。
 先に見てきたように、現在では中国の中医学専門医院においても中成薬の使用頻度が増大している事実は、筆者が六年前から提唱してきた中医漢方薬学の理念にかなり接近してきている証拠である。両国を挙げて既成方剤それぞれが適応する一連の症候の探求と分析による方剤の能率的な選定方法の研究がますます盛んになるに違いないが、これには従来の日本漢方の伝統であった方証相対論にもとづく随証治療の精神が、大いに役立つわけである。
 西洋医学や東洋医学やインド医学など、その他各種の医学体系も、人体の疾病に対する認識と治療方法において、いずれが正統あるいは正当な医学である、と結論づけられるものではなく、西洋科学思想にもとづく西洋医学といえどもその例外ではない。いずれの医学体系も、一つの「解釈と方法論」に過ぎず、あらゆる医学に共通する命題は「疾病の治癒」にほかならない。理想的にはそれぞれの優れた部分を有機的に結合させて治療効果のより優れた新たな医学を創造することであるが、言うは易くほとんど実現不可能なことである。根源的な基本理論そのものが全く異質であるためだが、たとえば西洋医学と中医学の二つだけにしぼって考えてみた場合でも、さしあたりは中西医結合よりも中西医合作のほうが容易に見えるのである。
 しかしながら、容易ならざる中西医結合が時代の要請であるからには、その勢いを第一世代の老中医によっても阻止することはできないだろう。中医学や中医漢方薬学のアイデンティティーを見失うことのない方法が大前提でなければならないが、実はそれ以前の問題として中医基礎理論に十分習熟することはそれほど容易ではない。このために一部の者が中医学の理論研究と応用の困難さに負けてしまい、安易に現代化という名のもとに性急な西洋医学化に走り、すでにアイデンティティーをほとんど喪失して分裂状態に陥っていることに気付かず、喜々として顧みない者もいるようである。このような逸脱現象に目を注げば、第一世代の老中医が中医学消滅の危機感を抱かれるのも無理もないように思われる。
 本場の中国でさえこのようであるから、日本においての現状は推して知るべし。先に見てきたように、中国側から見た日本漢方界の現状は、「中医漢方薬学」の提唱があるにもかかわらず、現在までのところ基礎理論の研究と運用を怠っていると認識されているわけである。
 中国側の言われる基礎理論というのは当然のことながら「中医」基礎理論を指しており、日本漢方はもともと「理論」と呼べるような理論はないに等しいので、中医基礎理論を早急に導入する必要があることを示唆しているのである。
 つまり、現在の日本漢方はアイデンティティーを形成する以前の幼時期の段階であることを言外に指摘されているわけであるが、些か憂慮すべきはアイデンティティーが形成される以前の段階であるにもかかわらず、一部に西洋医学化傾向が強いために、中国におけるそれよりも重度の分裂病的状況が認められることである。

 ●おわりに

 過去の歴史が証明するように、いつの時代でも常に矛盾はつきものではあっても、社会的現実にもとづく時代の要請には抗いがたく、適当なバランスを取りながら、その時代に比較的マッチした思想や医学が流行するもののようである。もしも時代に逆行するような思想や医学が流行するようなことがあるとするなら、時代精神そのものが腐っていて、そのレベルでしかなかったのであるから、実際のところは「時代に逆行した」という表現をとることはできないことになる。
 時代の現実的な要請に応じた難治性疾患に対するハイレベルな治療効果を求めて、日本漢方はこれから大変貌を遂げざるを得ない必然性があるように思われる。新世代と旧世代、あるいは改革派と旧守派との相克が見られるのは、いつの時代でも、どの世界でも見られてきたことであり、日本漢方が今後どのような変貌を遂げるかは、結局のところ日本の漢方界全体の「学識」のレベル次第ということである。
 百年後に平成を振り返ったとき、「日本漢方大躍進の時代」と讃えられるような進歩と発展がみられることを祈りつつ、拙論を終えることにする。

【拙論着想のヒントとなった文献】

●橋爪大三郎著『はじめての構造主義』(講談社現代新書)
●竹田青嗣著『現代思想の冒険』(毎日新聞社刊)
●竹田青嗣著『現象学入門』(NHKブックス)
●鷲田小彌太著『哲学を知ると何が変わるか』(講談社)
●今村仁司編『現代思想を読む事典』(講談社現代新書)
●竹田青嗣著『ニーチェ入門』(ちくま新書)

【筆者による過去の関連文献】

●『日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱』(東亜医学協会創立五〇周年記念号「漢方の臨床」誌、第三五巻一二号)
●『平成元年漢方への提言(日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱)』(「漢方医薬新聞」第五三号 漢方医薬新聞社発行)
●『中医学と漢方医学』(「和漢薬」誌、四二八号 ウチダ和漢薬発行)
●『中医漢方薬学』(「和漢薬」誌、四三二号 ウチダ和漢薬発行)
●『日本漢方の随証治療の精神と「依法用方」』(「和漢薬」誌、四八四号掲載の「中医病機治法学〔二十一〕中の【訳者のコメント】」 ウチダ和漢薬発行)
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2018年10月12日

弁証論治の問題点と方証相対の利点について

1982年(昭和57年)2月号の『漢方研究』誌の巻頭を飾った村田恭介31歳の拙論
原題:『「弁証論治」「方証相対」雑感



 本論は、中国の『中医薬年鑑 1984年』の472ページに参考文献として引用されている。  

なお、この拙論をきっかけに、折々に故森雄才氏と文通する機会が何度かあり、たとえば神戸中医学研究会訳・編の一世を風靡した『漢薬の臨床応用』がありながらも、新たに『中医臨床のための中薬学』を編著出版された深い意味と意義をかなり詳細に打ち明けられた貴重な手紙を現在も大事に保存している。

 ともあれ、以下が全本文のコピー。
 本誌(1981年12月号)の森雄材先生の「中医学の体系」その他同先生のこれまでのご論文(1979年10月号、1980年4月号)、および山崎正寿先生の「日本漢方と中医学」(1981年2月号)と題されたご論文を拝読して感じたことを、少しく述べさせて頂きたいと思います。

 「弁証論治」の立場は理論的にも実践的にもかなり首尾一貫し、合理的で発展性のある医学体系であると感じています。
 ところが、理屈どおりに行かない「例外」の存在するのが、あらゆる領域に共通する不可避的なことだと仮定すると、その欠を補うのがあるいは「方証相対」の立場ではないかと考えています。
 しかし、この点はもっと深く研究して考察を重ねて行く必要があります。
 
 さて、次に、私なりに「弁証論治」の立場を批判的に論じながら、「方証相対」の立場のあり方、存在意義を考えてみたいと思います。
 「弁証論治」により処方を組立てる際、患者の疾患の普遍性に対する処方が決定し、次に特殊性に対する加減すべき薬物の選択を行う時、ここに、たとえば、十人の医師(一定レベルの技術を有する人達)が、同じ弁証論治の結論によって処方を組む場合、特殊性に対する薬物の選択が、十人が十人、すべて異なったものになり、それぞれに内容の異なった処方を組立ててしまう可能性が強いのです。それは中草薬には類似した効能性質を持つ薬物が多いからです。

注記:ここで述べられている普遍性と特殊性について、森雄材氏は「漢方研究」誌1981年11月号で次のように述べられている。すべての固体を通じて平均値的にあらわれる状態、すなわち普遍性(共通性)と、体質・時期・環境などの違いによって固体にあらわれる修飾された状態、すなわち特殊性(個別性)である。弁証では一般に普遍性を把握するとともに特殊性にも注意を払う必要があり、論治では、普遍性に対して基本的な治法をきめ、そのうえで特殊性に対する加減を行って対応する(随証加減)のである。要するに、普遍性とは教科書的な弁証分型のことである。

 また、普遍性に対する処方の組み立て内容さえも、十人十色のものとなる可能性が強いのです。何故なら、矢張り中草薬中には似た効能・性質を有する薬物が多いからです。(当然、処方の弁証分型は同一ですが)。

 これら一定レベルの医師達十人それぞれが組立てた処方を患者に投与する場合、それぞれの処方の治癒に導く能力の差違も当然考えられます。
 この時、どの医師の組んだ処方が一番すぐれたものと判定できるのか。弁証論治の結論が全く同一で、組立てた処方もすべて理に適っている訳だから、この十人の提出した処方の優劣は如何にして判定できるのか。

 視点をかえれば、一人の医師でも、同一患者に対して、弁証論治で得た結論によって何通りもの処方を組むことが可能な訳で、この場合にも、どの処方内容のものが一番すぐれていると判定できるのか。
 このような素朴な疑問に対する答えは、「医師(投薬者)の熟練の度合、言いかえれば、経験から得た勘がものを言う」のだ、ということにでもなるのでしょうか。
 このような疑問は、これまでに目を通して来た多くの中医学の公式的な治療書や医案集等をそれぞれ比較して常に感じて来たことなのです。

 しかるに、この薬物選択の問題こそは、各薬物の薬能薬理についての、これから先、将来にも引き続き行われるべき深い研究と開発に俟つべきものが多く、そしてそのことこそ、中医学の発展性を最も内臓している領域なのであろう、と理解していました。
 これ等のことを考える時、森先生の言われる「方剤の薬能・薬理・生薬の薬能・薬理についての漢方医学的な定義はすでにほぼ定まっている」とのお言葉に対して、大きな疑問符を投げかけない訳には参りません。
 ここまで考えてきますと、逆に「方証相対」の立場もあまり馬鹿にできないのではないか、と思われて来ます。
 とりわけ、弁証論治があまりに複雑になり、同じ弁証論治の結論によって、十人十色の処方が組立てられ、あるいは一人でいくつもの方剤を組立て、加減薬物の選択に右顧左眄するくらいなら、先ずは「方証相対」の立場をとり、それによって投薬した後、その結果を見て、再び「弁証論治」を行う、この二つの立場を併行させて考えて行くやり方が生まれて来ないものか、と思われるのです。
 そこに、「方証相対」の立場も、それなりに存在意義が出て来るのではないでしょうか。
 また逆に、弁証論治をするにはあまりに単純すぎる場合にも、「方証相対」の立場をとった方が有利なことがあるかも知れません。
 そこで、ここに特に強調したくなるのは、一般に中医方剤学で示される基本処方を「方証相対」の立場から、(山崎先生の言われる)「方剤が適用される病態、その病因、診断法、鑑別」を明らかにする努力を行えば、「弁証論治」で使用される基本方剤を発展的に批判検討出来るのではないか、ということです。
 これ等こそ、日本漢方と中医学の発展的統合への、ひとつの足がかりになるのではないでしょうか。
 「方証相対」論は明らかに日本の最大の特質のひとつであり、それにも増して、あるいはそれなるが故に、日本漢方の特長は、中医学に比較して、ひとつの方剤を様々に工夫・応用する伝統があり、将来もこの特長を大いに活かすべきだと考えるからです(たとえば、柴胡桂枝湯のように)。

 日本漢方における「柴胡桂枝湯」のような広範囲な活用方法は、それこそ日本漢方中の白眉であり、その他の処方の活用においても多かれ少なかれ共通した特長があります。
 とりわけ腹診による「方証相対」のあり方についてまでも「天動説」だと極め付けるには、さすがにコペルニクスでさえ、躊躇するに違いありません。
  「弁証論治」と「方証相対」の問題は対立的にとらえるよりも、むしろ互いに相補うべきものとして考えた方がより発展的であると確信致します。

《注記》
 「弁証論治」という用語の「論治」には、本来、治則と治法および処方までが含まれるのですが、便宜上、森先生の示された下記の図によって、治則と治法までとし、論治から処方を切り離した用語として使用したことをお断り致します(「弁証論治」と同義の「弁証施治」という用語がありますが、「論治」は治則・治法までとし、「施治」は治則・治法・処方を含む、とした方が便利ではないか、と提案致します)。 000000164ac.jpg
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2018年10月11日

日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱(平成元年の提言!)

『漢方の臨床』誌・東亜医学協会創立50周年記念特集号より

 実際に執筆したのは1988年の38歳当時の拙論で原文のまま、誤字の訂正以外は一字一句も改変せず。

 また、特記すべきは『漢方医薬新聞』の昭和64年1月号(平成元年)にも、ほぼ全文が転載されている。

 さらには故矢数道明先生御みずから、当時の『漢方の臨床』誌上で、印象に残った2つの論説の内の1つとして好意的に述べて下さったことを光栄と同時に大変な名誉に感じたものだった。

『日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱』の抜き刷りの実際の画像の一部分

 さらに『漢方の臨床』誌第36巻5号、即ち本論発表の5ヵ月後に、「編集雑筆」欄において、編集のT氏が次のように書かれている。
京都の細野史郎先生がご逝去。漢方の御三家は、矢数道明理事長お一人となった。大塚・矢数・細野の三大大家が開拓、発展させた昭和漢方は平成時代にどのような道をたどるのか。下関の論客・村田恭介氏は切れ味鋭く論説しておられるが、いろいろ議論もあろう。「純粋な学問上の批判」なら大いにやって頂きたい。

以下本文
日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱(平成元年の提言!)

は じ め に

 本場中国の漢方、「中医学」がかなり本格的に我が国に紹介され始めて十年以上の歳月が過ぎたと思われるが、これも国交回復という国家間の関係による影響が大きいと考えられる。  
 国家間のお付き合いにはお互いに謙虚でなければならないように、漢方医薬学という学問分野の交流においても、お互いに謙虚であらねばならない。

 日本の漢方医薬学を学習し始めて十六年、並行して中医学を学習し始めて十数年の浅学の身ながら、冷静に分析判断して、これからの日本の漢方は中医学に吸収合併されるであろうし、またそうでなければならないとの私なりの結論を得るに到った。
 即ち将来あるべき姿として、表題に掲げた「中医漢方薬学」の提唱である。

日本漢方の特徴と欠点

 先ず日本の漢方について、その特徴と欠点を簡単に考察してみたい。
 江戸時代に学問上の復古主義ブームに乗って登場した医学界の特異な天才、吉益東洞の主張した方証相対論による処方単位のパターン認識の漢方が、昭和後期の現代においても主流を占めている。
 東洞は「親試実験」という実証主義のもとに、実際に現れる症候のみを重視し、従来の後世派医学の中心思想である陰陽五行論等の内経思想を空論臆説として、完全に否定した。と同時に医の原点復帰を唱え、『傷寒論』『金匱要略』のみを是としたが、必然的に『傷寒・金匱』の条文中に散在する内経思想を後人の注釈とし徹底的に排除した(文献1)。

 この実証主義は徹底を極め、三陰三陽などの現代日本漢方でも基本とされる概念は勿論、客観化しにくいとして脈診までも排した。然るに実証主義とは言っても主観的観念的な一面もあり、万病一毒論を唱え「毒ヲ以テ毒ヲ攻メル」ことを治病の原則として強調したり、「万病は腹に根ざす、病を治するには必ず腹を窺う」として、腹診を特に重視するなどの大変な矛盾も犯している。
 さすがに東洞の行き過ぎはその後に修正され、三陰三陽などの基本概念は復活されるが、「方証相対」による「随証治療」は現代までそのまま、日本漢方の伝統として受け継がれている。

 ところで現在、特異な存在として東洞直系の思想を受け継ぐと考えられる近畿大学東洋医学研究所教授、遠田裕政氏は徹底した実証主義の立場から「漢方近代化の試み」の一環として、『康治本傷寒論』を原始『傷寒論』として独自の御研究を数々展開発表されている。氏の「固体病理学」の立場に立った考察は、漢方薬の作用を現代医学的に理解するうえで大変興味深い(文献2)。
 但し、東洞がその時代に多くの批判を浴びたように、遠田氏の中医学思想や言語に対する非難と排斥は、東洞と同じ「観念的実証主義」の過ちを犯していると指摘する意見もある(文献3)。

 このような東洞流の実証主義は、古代の試行錯誤を繰り返しながらの純粋経験による成果のみを重視して、その後に付加された観念的把握の試みである後人の讒入文や、注釈を荒唐無稽な観念論であるとして蔑視排斥した。そのために却って将来に発展する医学としては限界を作ったことに等しく、『傷寒・金匱』のみの閉塞的な医術に堕する自縄自縛の規範を作ってしまった。
 自然発生的に生まれた各国の言語にそれぞれ独自の「文法」があるように、純粋経験のままの原始『傷寒論』にも、その後、観念的に把握される理論体系化がなければ永久に発達は望めないものと考えられる。これ等、観念用語による理論体系化の初期の試みが『傷寒・金匱』の条文に存在する後人の讒入文、あるいは注釈とされる部分であり、三陰三陽のみならず虚実、表裏、寒熱などの概念の、理論体系化につながる基本文法発見の探求であったはずである。

 ところが、日本漢方においては、『傷寒・金匱』のみを是とした吉益東洞以来の悪習がどうしても抜け切れぬらしく、その良きにつけ悪しきにつけ、東洞の提唱した方証相対論による処方単位のパターン認識の方法論が主体のまま、未だに漢方基礎学としての「文法」が確立されていない。これから発達すべき医学、薬学としては完全に閉塞状態に陥っていると思われるのである。

両医学における病態認識のあり方

 翻って、中医学には陰陽五行論を基本文法(基礎概念)として長い歴史の中で試行錯誤を繰り返し、成熟した独自の言語と、きめ細かい文法(理論体系)を持つに到った。
 日本漢方の特徴が「方証相対」による「随証治療」であるなら、中医学のそれは「弁証論治」による「病態認識・治法・方剤・実際処方」(文献4)であろう。

 日本漢方の<病態認識>は、それがそのまま<方剤=実際処方>として短絡的に繋がっており、その<病態認識>は方剤の名称をもって来てそのまま<何々湯証>として認識される。即ち、病態認識は存在しないに等しく、その病態に対する治療法ばかりが重要視される極めて民間療法的なものと言えよう。
 中医学においては、独自の理論、分析手段により論理的、分析的な病態の説明<病態認識>が可能である。そして、それに対する治療方法とその理由<治法>、それに該当する基本方剤の設定理由<方剤>、その患者の特殊性を考慮しての具体的処方内容とそれぞれの配合目的及びその配合理由<実際処方>が、それぞれ筋道をたてて論理的に説明できる独自の言語と理論、法則がある。

専門用語が未熟な日本漢方

 以上のように「方証相対」によるパターン認識医学の性質上、<病態認識>が実態的にも観念的にも把握不可能な閉塞状態にある日本漢方において、基礎学が未発達なままであるのは必然的なことであろう。
 たとえば「虚実」の問題において、<体力が余っているのが実証><体力が衰えているのが虚証>と表現する漢方の一般向け啓蒙書籍が多い。その実、漢方の専門家個人個人によって様々にニュアンスの異なった解釈がなされているが、やはり結果は大同小異である(文献5)。この実証、虚証の極めて幼稚な解釈は数々の困った現象を生むことになる。

 現代日本漢方の特異な風潮として、体質ばかりでなく方剤においても実証用、虚証用、虚実中間証用などと規定することに熱心な現象が見られるが、これは病人の状態を常に固定的に捉えることを奨励するような間違った観念を植え付けかねないものである。

 一方、<実とは外因、内因を含めた病邪の存在をあらわす概念><虚とは生体の機能面、物質面の不足をあらわす概念>と規定する中医学のありかたにおいては、合理的な病態把握が可能である。「実とは邪気が盛んなこと指し、虚とは正気の不足を指す」のであるが、従って「実証」とは邪気が盛んなために現れる証候であり、「虚証」とは正気不足より現れる証候である。
 現実問題としてとりわけ慢性的な疾患の場合、「虚実挟雑」状態であるのが一般であるが、疾病の過程はある意味では、正気と邪気との相互闘争する過程とも言える。それ故、中医学には「扶正袪邪」の法則がある。この理由から一般的な慢性疾患では「扶正法」、「袪邪法」を同時に用いる「攻補兼施」が治療原則となることが多い。

 ところが現代の日本漢方に従っていると、体力の強弱のみで虚実を論じ続けるあまり、病邪(邪気)の存在に対する認識を忘却しかねない奇妙な医学と言わざるを得ない。その奇妙さをカバーするためか、かの徹底した実証主義者であるはずの吉益東洞が提唱した「万病一毒論」という「観念論」を利用して一事を糊塗する以外に、この極めて幼稚と思える漢方医学をどう弁明できるのであろうか?

 このように、「虚実」の概念比較のみでも、既に吉益東洞の時代に<病態認識>に対する検討を放棄して一種の「観念的」実証主義に走った日本漢方の歴史的な失策の後遺症が、現在に到るまで回復出来ずにいるのである。
 その証拠の一つとして、我が国の症例報告の多くは過去の私の漢方経験例報告も含め、中国におけるものと比較して、あいまいな病態認識の記事とその処方の使用根拠の乏しい報告例が目立つ。それは飽くまで、パターン認識術の叙述に終始しがちであり、またそれで良しとするのが日本漢方の特徴なのである。そして両国の治験報告記事を比較すれば一目瞭然、我が国の症例報告のあまりの幼稚さにガクゼンとしてしまうのである。

日本漢方の処方運用上の欠点

 体力の強弱のみをもって虚実を論じるような幼稚な漢方医学においては、体格のみかけによって虚実を判別して良しとする誤解すら招くが、これとて大同小異と言わざるを得ない。
 たとえば、婦人科系の処方において、桂枝茯苓丸を実証用、加味逍遙散を虚実間用、当帰芍薬散を虚証用に決め込んでしまう日本漢方においては、同一の病人に、これら三処方が同時に必要とする病態が存在する発想すら浮かびにくい(文献6)(文献7)。
 もっとも、これは敢えてエキス製剤で投与する場合の話で、湯液で行う場合はもっと合理的な処方が可能なことは言うまでもないが、これはもっぱら中医薬学理論でのみ成し得ることである。

中医薬学の教科書

 中医薬学は、陰陽五行論を基礎概念とした内経思想が主軸となり、試行錯誤を続けながらも時代と共に発展し続けたもので、広い中国国内の多くの流派、多くの学説を整理し系統的に総括統合し平均化して構築された一大医薬学体系である。
 その特徴は、先述したように、弁証論治を中核とし、<病態認識><治法><方剤><実際処方>(文献4)と連係されるもので、それぞれの項目において厳密な考察がなされ、論理的かつ系統的な思考が要求される。その<病態認識>はかなり統一された豊富な専門用語によって表現され、系統的分析的に整然と把握される。その後に続く<治法><方剤><実際処方>においても同様である。

 この中医学の中核をなす弁証論治を学習するには、中医学の哲学理論に基づいた複雑な全体系を系統的に学習しなければならない。現在の中国においては菅沼中医師によれば、「中医基礎学」、「中薬学」、「方剤学」の三課程が基礎医学の柱であるという(文献6)。
これらの教科書類の原書、またはそれに類する原書は今日、かなり自由に手に入れることが出来るが、ただしこれら三課程は最低の基本線であることを忘れてはならない。また、これらの分野は勿論、その他の分野においても現実の中医薬学の学習書は中国において、無数にと言ってよいほどの種類が出版されている。

日本漢方に教科書はあるのか?

 ところが、これら中医学の基本三課程に該当するようなかなり統一された教科書類が、果たして日本漢方において存在するのだろうか?
 その考察は、月刊『和漢薬』誌(ウチダ和漢薬発行)の1989年1月号に掲載された拙稿「中医学と漢方医学」中に少々考察してみたが、答えはノーである。ただし、方剤学にのみ、若干の見るべきところがあり、これあるが故に日本漢方は、西洋医学に打ち消されることなく、現在まで辛うじて存在しえた所以であると思われる。方剤中心のパターン認識の医学としては、この分野に見るべき所があって当然であり、ほとんどこれあるが故の存在価値しか見出しえないほどである。

 『傷寒・金匱』の原始処方を中心に、その不足分を後世方から恣意的に追加して、処方毎にパターン化している。その使用目標はそれほど理論化されている訳ではないが、過去、多くの先人が使用してきた経験から来る使い方のニュアンスを伝える口訣は豊富で様々に表現されて来た。また、『傷寒論』、『金匱要略』等を深く読み込むことによる奇抜とも言える自由な発想から応用した時の著効例などは、枚挙に暇がないほどである。勘の冴えによって摩訶不思議な著効を生み続けた歴史と伝統が、多くの名人を生んで来た事は否定できない。
 比較的少ない処方で、百病に対処して、一定の成果をもたらして来た自信と誇り、中医学とは一線を画する日本独自の漢方医学は方剤中心のパターン認識の医学であり、これまた独自の腹診法と相俟って、益々発展するかに見えるが、現実はそう甘くはないと思われる。

閉塞状態にある日本漢方

 語彙の豊富さと思考能力や創造力にはおおかた比例関係があると考えられるが、東洞以来、日本漢方からは観念用語を蔑視する風潮は抜け切れず、そのために体験的な勘を養う体得漢方を是として来たようだ(文献8)。こういう風潮は古来からの日本人の国民性に大変馴染みやすいものであった。この点は各種の日本人論も参考になると思うが、これらの日本的怠慢は医学薬学という常に発展すべき分野においては、大変な障害とならざるを得ない。
 「虚実」の解釈にあるような、あいまいでかなり好い加減な言語と言語感覚しか持たない日本漢方の将来は暗い。原始医学のままの『傷寒論』『金匱要略』をいくら深く読み込んだところで、その限界は永久に突き破ることは不可能と考えられる。日本人には『傷寒論』『金匱要略』以後の中国で発達し続けた展開をもっと学ぶ必要があるのではないか。
 たとえ複雑に理論が錯綜しようとも、豊富な言語により、より科学的で且つ論理的に展開され体系化されて来た中医学の在り方に学ぶべきところは多い。東洞以前には後世派という現代の中医学にそのまま繋がる理論体系を持った時代もあったはずだが、現代の日本漢方は古方派、後世派を合わせた折衷派が主流のようである。
 折衷派と言えばいかにも融通のきく派のようではあるが、その実、東洞以来の方証相対論によるパターン認識の漢方術に堕したままの状態で、そこにはたいした進歩性は見られない。

日本漢方が発展する唯一の道

 かくして、このような閉塞状態にある現代日本漢方から脱却する唯一の道は、思考力、創造力を生むために必要不可欠な独自の言語を持つことにあると考えられるが、急場しのぎに言語を獲得することは不可能に近い。付け焼刃の言語でなく成熟した言語でなくては、正しい思考能力は生まれない。
 既に、日本国内においても逸早くこれらのことに気が付いた医師、薬剤師は多く、幼稚な東洞の流れを汲む日本漢方を見限り、既に中医学に転向している人もいる。或いは、一部の後世派や折衷派の識者は、もともと陰陽五行論を代表とする内経思想と馴染みがある関係から、極めて自然な経過として、中医薬学に溶け込まれている方も、現実には多いようである。

 ところが問題の日本漢方の主流が以上に見て来た通りの東洞の流れを汲むパターン認識の閉塞的な漢方であるだけに、彼等と共通の言語を、未だに共有できずにいる。「虚実」の問題ばかりか、「陰虚」という言葉の使用方法を比較すればおのずから明らかで、一事が万事この調子では、討論することすら困難である。
 と言っても幼稚な言語感覚しかもたない日本漢方においては、当然のことながら医学と言われるほどの理論と体系があるはずもなく、ぐるぐるとパターン認識の輪から永久に抜け出られない状態であるのだから、この際、一切の日本漢方における幼児語を捨て去るべきなのである。かくして日本漢方のは中医学に吸収合併され、その吸収合併の中で、殆ど唯一の光彩を放つ日本流の方剤学の分野における成果を活かす道(文献9)を見出すべきであろう。

 器用なわれわれ日本人は、我々だけで創造するのは不得意でも、他国の創造物を改良発展させる技術においては定評のあるところである。日本の漢方が中医学に吸収合併されて行くのは必然的なことであり、その第一歩を踏み出すべき時が今やって来たと思うのである。
 我々は謙虚に中医薬学を学習して豊富な言語と語彙を獲得し、これに過去の漢方医薬学の知識を吸収合併させることで、「中医漢方薬学」を新たに創造して行く必要があると思われるのである。(文献8)。

中医漢方薬学

 以前は手に入りにくかった中草薬は近年、容易に手に入るようになったが、これを自由に使いこなせるのは一部の限定された立場の人に限られているのが現状のようである。
 仄聞するところによると、漢方薬のエキスの一部が健康保険に採用されて以後、その限定された処方の枠内での使用に際して、大変便利な方法論は病名投与か、或いはパターン認識の日本漢方であり、中医学的診断で数処方を合方すると認められないことがあると言われる。このような社会制度が限界を呼ぶものなら、健康保険に頼らなければよいのだが、患者さんの金銭的負担を考えればそうもいかないらしい。

 一方、薬剤師の経営する漢方専門薬局においてもエキス製剤に限界があるのと、薬局製剤として自由に製造販売することが出来る規定の処方煎剤があっても、その内容を自由に加減することが出来ない制約がある。だからなおさら「中医漢方薬学」という、われわれ日本人独自の道の開発を提唱する所以であるが、合法的にいくらでも方法はあると思われるのである。
 中医薬学の言語と思考方式を学習すればおのずから道は開け、少ない持ち駒を利用することでも十分に簡易中医療法、即ち「中医漢方薬学」療法が可能であることを知るべきであると思うのである。

おわりに

 以上、浅学を省みず観念的実証主義者、吉益東洞の亡霊が、日本漢方の進歩発展を現在に到るまで阻止し続けている現象を中心に考察し、日本漢方の閉塞的状態からも脱却方法として、中医学への吸収合併論、「中医漢方薬学」を提唱した。
 浅学菲才の上、日々の仕事に追われながら身のほど知らぬ論考を試みたために、思い違いや考察不足も多々あるかと思われる。今後もなお考察を深めつつ、これに続く続編的な愚見を発表させて頂きたいと考えている。それ故、ぜひとも忌憚のない御批判と御指導をお願いする次第である。

 なお、この拙稿の前編的なものとして、「中医学と漢方医学」と題した拙文が『和漢薬』誌(ウチダ和漢薬発行)一九八九年一月号に掲載されている。このことは拙稿中にも書いた通りであるが、ぜひ、御併読願いたい。

文献


 (文献1) 山田光胤/代田文彦共著『図説東洋医学』学習研究社発行
 (文献2) 遠田裕政著「傷寒論再発掘(一)〜(四五)」『和漢薬』誌連載中(380号より)ウチダ和漢薬発行
 (文献3) 村田恭介著「遠田先生への反論及び中医学用語の弁護論」<「和漢薬」誌四二七号(一九八八年十二月号)>ウチダ和漢薬発行
 (文献4) 田川和光著「漢方エキス剤の中医学的運用」<『中医臨床』誌一九八八年九月通刊三四号>東洋学術出版社発行
 (文献5) 有地滋著「漢方の陰陽虚実について」<東洋学術出版社発行の「現代医療における漢方製剤」中の一論文>
 (文献6) 菅沼栄著「中医方剤学とエキス剤」<『中医臨床』誌一九八八年九月通刊三四号>東洋学術出版社発行
 (文献7) 村田恭介著「加味逍遙散加桂桃仁について」<『和漢薬』誌一九七八年四月号、二九九号>ウチダ和漢薬発行
 (文献8) 村田恭介著『求道と創造の漢方』東明社刊
 (文献9) 村田恭介著「『弁証論治』と『方証相対』雑感」<『漢方研究』誌 一九八二年二月号>小太郎漢方製薬発行

<その他に参考にさせて頂いた文献>
 *長浜善夫著『東洋医学概説』創元社刊
 *久保道徳/谿<忠人共著『漢方医薬学』廣川書店刊
 *『中医臨床体系・臨床理論概論』雄渾社/人民衛生出版社の共同出版
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posted by ヒゲ薬剤師 at 12:12| 山口 ☔| 中医漢方薬学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

数十年前に漢方に無知な医師達による「ツムラの小柴胡湯」乱用によって生じた社会問題となる前に、偶然警告していた拙論

 小柴胡湯問題が勃発する以前に警告していた過去の拙論

和漢薬誌419号(1988年4月号)の巻頭論文
                 村田漢方堂薬局 村田恭介著

        
漢方経験雑録−−小柴胡湯と肝臓病

 最近は一般新聞や雑誌等に漢方薬の情報が氾濫しています。これらを読んだ一般読者は記事内容を鵜呑みにして、漢方処方を指名買いされます。
 中でも慢性肝炎には小柴胡湯が良く効く、との情報はいよいよ広まり、一般の病院、医院の先生方も肝炎患者に小柴胡湯を投与される話が、我々の所にも直接伝わって来ます。主だった医療機関で、肝炎患者に対する小柴胡湯の臨床効果がためされ、GOTやGPTがどのくらいの期間で、どのように改善されたか等の研究、というより統計が出され、色々と発表されているようです。
 さて、一般に報道されているほど小柴胡湯が肝炎に有効なものなのでしょうか? 漢方的な「証」の問題もさることながら、日本流で言う「小柴胡湯証」と見られる病者に限って考察したにせよ、いわゆる慢性肝炎に対してそれほど有効なものなのでしょうか? たとえ多くの臨床データーを突きつけられても、私にはもう一つ納得出来ないのです。
 私がここで頑迷とも思える疑問を提出するには、それなりの理由があります。漢方専門の薬局を開設してから十五年。開局当初は昨今ほどではないにせよ、それでも慢性肝炎に悩む病者はかなり多く、私も御他聞にもれず求めに応じて頻繁に小柴胡湯を出しておりました。少し知恵がついてからは、 瘀血証の明らかに存在する人には桂枝茯苓湯を併用してもらうこともありました。
 今、過去の経験を思い出すに、開局当初から五年間くらいの慢性肝炎に対する成績は、実に苦々しいものばかりでした。あれほど頻繁に出していた小柴胡湯の単方は、慢性肝炎に対して一度も効いた、あるいは有効であった、との思い出が全くと言ってよいほどありませんでした。これは決して誇張ではなく、当時の私自身のレベルの低さを正直に告白しているだけです。肝炎に対する小柴胡湯の効果を過大に期待し過ぎていたのです。
 桂枝茯苓湯を併用してもらった例では、検査データーがむしろ悪化した例さえ思い出します。(桂枝茯苓湯中の芍薬については中国での研究において、肝炎を悪化させるとの報告があり、それを否定する人もあります。)
 又、当時電話で相談を受けた話で、他の薬局で小柴胡湯をもらって何ヶ月も続けているが、全く効かないがどうしたら良いかとか、ますますデーターが悪くなりますがどうしたら良いでしょうか。お宅に行ったら治して貰えるだろうか、との問合せも思い出します。
 当時、肝炎に有効であったと感じたのは清暑益気湯製剤や加味逍遙散くらいのものでした。そして、小柴胡湯証の肝炎患者であっても小柴胡湯は全く効かないのではないかとさえ、思い悩んだ時期が当分の間続きました。
 しかし、その後の経験と考察から小柴胡湯そのものに問題があるというよりも、この処方だけでは多くの場合片手落ちであることが判明した訳です。そして勿論、小柴胡湯証に思える病者の中でさえ、実はそうではなくて小柴胡湯そのものが全く不要であるばかりか、却って逆効果でさえあった場合も混在していたように思います。
 これらの事に気がついてからは、慢性肝炎患者の相談では苦労することも少なくなり、薬局製剤レベルでも十分対処出来ることにある程度の自信を持てるまでになりました。
 それにつけても一般の医療機関で小柴胡湯をもらって続けながらも一向に回復しない慢性肝炎患者がいかに多いことか! この現実には私にとって、全く当然と思えることながら、世の中の漢方薬に対する考え方の甘さを苦々しく思っている昨今です。
 これらの病者の一部は私の所で、あらずもがなの一般医療機関で投薬された小柴胡湯をなるべく有効利用出来るかたちで、病者と共に考えながら問題を解決して行っている訳です。
  
肝炎の漢方処方の為のヒント

 慢性肝炎の病証を日本流の方証相対レベルで考えるだけでは、最早時代遅れのようです。中西医結合的考察で、合理的判断が必要な時代だと思われますが、ここでは深く追及することはせず、私なりに重要な点と思われる二〜三の事を、簡単に述べるにとどめておきます。
 まず、慢性肝炎と瘀血の問題は重要であるとして中国ばかりか日本での研究が盛んなようですが、私の経験だけから言わせてもらえば、桂枝茯苓湯は大して有効ではない場合が多いように感じました。随証投与によっても全く無効と思われる例もあり、一部にはデ^ターが悪化したと思われる例さえありました。
 肝炎患者の瘀血処理の問題は、傷寒、金匱レベルの処方では少々無理があると感じています。
 また、これに絡んで芍薬の品質の問題、あるいは芍薬そのものの肝臓機能に対する影響の善悪を徹底的に究明しておく必要があると思います。この点については日本での研究はどの程度進んでいるのでしょうか?
 肝臓と腎臓の関係も大変重要に思われます。それに直接関連した問題で、京都の細野史郎先生編著の「漢方治療の方証吟味」(創元社刊)中に、次のように言われています。長文ですが、そのまま引用させて頂きます。
 『思い返せばもう四〇年以上の前のことです。私が京大の松尾内科にいた時に、松田という一研究生が、高度の腎障害を起こさせた家兎で、腎臓に極めて親和性が強く九五%以上腎臓から排泄するフェノールフタレインという色素を使って、 肝臓の胆汁分泌の検査をやっているとき、正常家兎なら肝臓からはほとんど排泄しないはずの同色素が九〇%以上も排泄されることが偶然あってびっくりし、この実験を何度も何度も繰り返してみますと、いつもそれにほぼ近いデータが出るのです。そこではじめて問題になって、たとえ腎臓のみに親和性の強い色素でも、もし腎臓が排泄機能を行えないときは肝臓がその排泄を代行するのだなあということに気がついたのです。逆に、肝機能障害家兎をつくり、肝に親和性の高が強く、 その九五%以上も肝臓のみから排泄するアゾルビンSという色素を用いて実験してみると、やはり肝臓からのアゾルビンSの排泄は減って、腎臓から排泄されるのを見たのです。このような二様のデータから、肝腎相互の間には、少なくとも身体に不必要なものについてはこの両者が密接な相互補助の関係に立って生活現象を営むにちがいない。だからその治療の上にも、この生活現象を土台に、腎臓が悪ければ肝臓の力を高め、肝臓が弱ければ腎臓の力を助長するようにすると、両方どちらかの病気のときは治癒機転を促進させうるにちがいないと確信をもつようになりました。昔からの肝腎という考え方が科学的に実証され、この関係を利用するようにもなりました。
 皆さんご存じのように、漢方は水毒の起こらないような身体状態にもって行くというのを健康保持の一つの条件に考えておりますが、その治療法の上にも常に駆水性の強い生薬を用いて、その生理状態が円滑に運ばれる様にはかっているものだなあとの思いを深くします。』
(傍線は村田)

 これによっても、清暑益気湯、柴苓湯、六味丸等は、肝臓、腎臓の双方に作用する生薬が配合されている処方であるだけに、病態に応じて極めて有効であることが納得出来るように思います。
  
追及すれば問題が

 最近読んだ本で、最も強い衝撃を受けたものに「精神分析に別れを告げよう」(批評社刊)と題した行動療法の大家、H・J・アイゼンク著のフロイト批判の書物があります。私は全くの門外漢ながら、フロイト及び新フロイト学派の研究と著作に常に刮目し好んで愛読しつつ、人間の心の深層の問題、神経症や心身症の問題、のみならず文学や芸術分野、社会心理学等を考察して来ただけに、それはひどくショックな内容でした。
 フロイト理論の非科学性、のみならずフロイトのでっちあげ理論の数々の指摘、及び神経症治療等に対する精神分析治療の無効性など、フロイト及びフロイト学派に対する弾劾の書であり、一々納得出来る論証には腹立たしいくらいでした。翻訳者の七名の内、三名は実際に精神分析を行っている医学者であるだけに「本書は実に不愉快なしろものだった」とのあとがきは、その道のプロにとっては当然の感慨でしょう。
 ここで突然、精神分析批判の書物の話を持ち出したのは、門外漢である悲しさゆえに私自身が過去、フロイトや心フロイト学派の言われることの多くを鵜呑みにして来たように、一般の人々は新聞やテレビ等のマスコミが伝える「肝炎に小柴胡湯」という情報を鵜呑みにしてしまう危険性にたとえたかったからです。
 神経症等の治療にはパブロフの条件反射理論を基にした行動療法が極めて有効であり、精神分析療法は殆んど無効に近い、あるいは逆効果となり、病気を悪化させる現実さえあると言われる。それほどまでではないにせよ、「肝炎に小柴胡湯」という誇張された神話はどうしたことかと思うからです。
 そもそも小柴胡湯単方を投与して好結果を得たと言われる場合、その患者さんは密かに他の漢方薬、あるいは他の療法を行っていなかったかどうか等の背景までを、十分に調査した上でなければ断定は出来ない筈です。人々は慢性病に悩まされる時、各々の保身術として、いかなる対策をこうじているか。彼等の現実行動は千差万別であることの認識を持たない時、日本のこれからの漢方界は、慢性疾患に対する古方処方の単方を過大評価するあまり、精神分析療法と同じ批判を浴びることになりはしないでしょうか?
 と、このようないささか過激な発言が出てくるのも、最初に述べましたように、過去何年もの長きに亘って、求めに応じて相当な人数の方々に小柴胡湯単方を販売し続けた経験から来る苦い思い出。無効例が続出の経験ばかりだったからです。

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posted by ヒゲ薬剤師 at 11:40| 山口 ☁| 漢方薬に無知な医師達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする