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2018年11月30日

白朮を蒼朮で代用する杜撰(間違いだらけの漢方と漢方薬)

 白朮を蒼朮で代用されている医療用漢方の問題は小さくない。

 そうはいっても現実的には、五苓散中の白朮を蒼朮で代用することは、実際にはそれほど大きな問題ではないものの、補中益気湯や六君子湯など、いわゆる虚証向けの方剤において、白朮を蒼朮で代用されているエキス製剤は、問題はかなり大きい

 これらの拙論を全否定しようとする人達は、玉屏風散中の白朮は絶対に蒼朮で代用できないことを考えてみるがよい。

 これでも理解しようとしない頑迷な人達は、補気建中湯や分消湯、あるいは半夏白朮天麻湯などでは、白朮と蒼朮の両者が配合されている意義を考えてみるがよい。

 それでも、なおかつ頑迷に否定する人達は、万事休す。

  白朮を蒼朮で代用する杜撰

 日本の漢方製剤には原料生薬の吟味において、極めて杜撰なメーカーさんが目立つ。その最たるものがこの蒼朮(ソウジュツ)と白朮(ビャクジュツ)の区別である。
 ひどいメーカーになると白朮であるべきところがすべて蒼朮に改悪されて製造されているところもある。しかも日本の代表的な医療用漢方メーカーで顕著であるから由々しき問題である。

  白朮と蒼朮は類似点は多いが中薬学上の薬効は明かに違いがある。
 脾虚脾湿に適応する白朮と、湿邪の実証に適応する蒼朮である。燥湿健脾を特長とする白朮と、袪風除湿を特長とする蒼朮である。

 白朮と蒼朮の最大の違いは、白朮は固表止汗して黄耆(オウギ)がないときの代用品になるくらいだが、蒼朮は逆に散寒解表して発汗作用があるので決して黄耆の代用とはなり得ない

 たとえば玉屏風散(ギョクヘイフウサン)は黄耆・白朮・防風の三味で構成されるが、この白朮を蒼朮で代用するなんてことは絶対にあり得ない。
 蒼朮を用いることは玉屏風散の立方の主旨、表衛不固に対する治療方剤(益気固表止汗)にはなり得ないからである。

 日本漢方の杜撰さがここにあり、補虚の白朮を袪邪の蒼朮に置き換えたら四君子湯も六君子湯も補中益気湯も、苓桂朮甘湯など、本来の方意を微妙に損なうことになる事実を知る医療関係者がどれだけいるのだろうかっ?

 このような白朮と蒼朮の問題は、すべて学問的にも臨床的にも中医学的には常識中の常識の問題である。

 なお、以下に 1982年・陝西科学技術出版社刊「中薬方剤基本知識問答」に記載される蒼朮と白朮についての記載の一部をピックアップし、意訳して参考に供する。
蒼朮と白朮は《神農本草経》での記載において区別はなく、《名医別録》で初めて赤朮、白朮と分けられた。
すなわち赤朮とは現在の蒼朮のことである。宋代に到って《政和本草》で蒼朮の名が出で来る。

 蒼朮、白朮の二つの朮はいずれも燥湿健脾の効があり、どちらも湿阻脾胃、脾胃気虚により運化機能が失調して起こる脘腹満悶、食欲不振、悪心嘔吐、泄瀉、無力等の症に用いられる。
 それゆえ臨床上、二薬は常に合用する。

 蒼朮と白朮の両種薬物の異なる点は、古人の李士材曽が総結して「寛中発汗の効は蒼朮が勝れ、補中除湿の効は白朮が勝る。脾虚には白朮を用いてこれを培し、胃強には蒼朮を用いてこれを平げる。補脾には白朮を用い、運脾には蒼朮を用いて補運を相兼ね、両者を合用する。湿盛の実証には蒼朮を多用し、脾弱の虚証には白朮を多用する
 と述べている。これは前人が二つの朮に対する臨床の応用面の経験を総結したものであり、参考価値が高い。

 具体的に説明すれば、蒼朮の味は辛でよく発散し、性は温で燥、芳香の気が強く、燥湿作用は白朮よりも優れ、健脾の効は白朮に及ばない。
 痺証の治療では、虚湿が重い場合は白朮を用い、実寒が甚だしい場合は蒼朮を用いる。
 この他、蒼朮は湿温、夜盲症、佝僂病等にも用いる。

 白朮は補気固表の効があり、表虚自汗に用い、また安胎の作用があることから、妊婦の脾胃虚弱で水湿内停して起こる悪心嘔吐、眩暈、胎動不安および両足の浮腫等、胎気不和の諸証に用いられる。

 −1982年・陝西科学技術出版社刊「中薬方剤基本知識問答」

      参考文献

補中益気湯に蒼朮(ソウジュツ)が配合される錯誤問題
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ラベル:白朮 蒼朮
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2018年11月29日

温病学を学ばない日本漢方の杜撰(間違いだらけの漢方と漢方薬)

    温病学を学ばない日本漢方の杜撰

 医療用漢方を含めて、日本漢方には「温病学」関連の方剤が僅少である。
 傷寒論・金匱要略は聖典として重要視しても、明(みん)から清代(しんだい)にかけて急速に発達した温病学を無視し続けるから当然であろう。
 だから王孟英の『温熱経緯』はおろか呉氏の『温病条弁』を見向きもしない。

 このため、一般の風邪だけでなくインフルエンザに対しても威力を発揮する温病に対する銀翹散(ぎんぎょうさん)製剤系列の方剤(天津感冒片や涼解楽など)が使用されることもないし、ましてや医療用に採用されることもない。
 一握りの中医学専門の医師、あるいは特定の中医学薬学を重視する薬局・薬店グループ関連で取り扱われるだけである。

 日本漢方では、中国古代にまとめられた傷寒論医学ばかりに固執し、時代が下って清代に発達した温病学を取り入れようとしない。
 昨今の温暖化のみならず食料豊な時代の急性疾患に、いつまでも栄養状態が劣る時代に考案された傷寒論医学で対処しようとするのは時代錯誤に近いものと言えないだろうか。

 「温病」の概念がないまま、上気道感染症をすべて傷寒と判断する日本漢方の錯誤は是正されなければならない。
 風邪やインフルエンザを治療するのに、いつまでも傷寒論医学ばかりに固執していると、「漢方医学」は日本の伝統医学であるなどと、胸を張っておれなくなる。

 巷では、風邪に葛根湯という常識が既に崩れ始めている。病院で貰った葛根湯が意外に効かないので、薬局にかけこんだら天津感冒片や涼解楽などの銀翹散製剤が出され、これであっさり治ってしまったという例があとを絶たない。

 「傷寒論」は異病同治の模範を示したところに意義があり、「金匱要略」は同病異治の模範を示したところに意義がある。
 「温熱経緯」や「温病条弁」は現代人の急性疾患のみならず、多くの難病を解決するヒントがたくさん書かれている。

 昨今のように漢方医学に西洋医学流のエビデンス概念を取り込むことばかりに血道を上げるようでは、日本漢方の明日はないかもしれない。

  重要な付録

 《温熱経緯》は、一八〇八年に生まれ一八六七年に没した王士雄(字は孟英)が、一八五二年に編集・著述。
 内経や傷寒論中の温病に関連した条文を経とし、葉天士(外感温熱篇)・陳平伯(外感温病篇)・薛生白(湿熱病篇)など諸家の説を緯とし、歴代の医家の見解を引用して、温病の病因病機・症候・診断・治療原則などを解明している。
 のみならず、王孟英自身の臨床経験に基づき、温病を新感と伏気の二つの分類を前提とした弁証論治を提唱した。
 また、用薬上の原理や原則も検討しており、温病学説における系統的な総括を行ったものとしては歴史的に最初の著作である。
 それゆえ後学にとって大変重宝な温病学の原典の一つである。

温病条弁》は、1758年に生まれ1836年に没した呉瑭(字は鞠通)が、1798年に出版。
 急性伝染病が従来の治療方法では治りにくいことを慨嘆していた呉鞠通は、明代の呉又可著『温疫論』に触発され、葉天士(1667〜1746年)の理論から多くを学ぶ。
 とりわけ葉桂(天士)の《臨床指南医案》を重視し、自身の数々の臨床経験を総括して補足・整理し、三焦を経とし、衛気衛血を緯とした「三焦弁証」を提唱した。
 四時に生じる急性熱病(温病)をメインテーマに、温熱病と湿熱病に分類して、傷寒論医学に欠落していた温病学説を大きく前進させた。
 中医学における《温病条弁》の位置は、傷寒論と同等以上に重要な典籍となっている。

   参考文献

日本の伝統医学と言われる「漢方医学」に欠落するもの
日本漢方には「傷寒論」があっても「温病学」がないのは致命的かもしれない
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2018年11月28日

日本漢方を堕落させた吉益東洞(間違いだらけの漢方と漢方薬)

日本漢方を堕落させた吉益東洞

 江戸期の漢方医である吉益東洞は、陰陽五行学説を基礎に発展・発達した中国の伝統医学の最もエッセンシャルな部分である「陰陽五行」を臆面もなく完全に否定した。

 この本来の中国の伝統医学の最もエッセンシャルな部分を、空論臆説として退けるという暴挙により、取り返しのつかない自己矛盾を犯したのである。

 つまり、陰陽五行を否定した時点で、もはや東洞流の日本漢方は、漢方の来源である中国医学の本質を否定するものであり、その自己矛盾による自縄自縛により、没理論の泥沼に埋没する方向へまっしぐらに進むことになった。

 事実、歴史が証明するように吉益東洞は「親試実験」という実証主義の旗印を掲げて没理論の方向へ突き進んでしまったわけで、それは現代の医療用漢方における「漢方の科学化」と同類の考えに他ならない。

 現代のこの一見実証主義的な「漢方の科学化」という名目は、単に病名漢方的な西洋医学化にすり替わり、ますます本来の漢方医学の本質を見失いつつある。

 江戸期の吉益東洞の行なった「親試実験」は、それがそのまま現代における「漢方の科学化」という名の下に行われる中国の伝統医学の本質を忘れた没理論の「マニュアル漢方」であることを、重ね重ね強調してし過ぎることはないだろう。

  重要参考文献

日本漢方の将来「中医漢方薬学」の提唱(平成元年の提言!)
平成の御世も深まって、とうとう吉益東洞先生は・・・
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ラベル:吉益東洞
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2018年11月27日

『脾肺病としてのアトピー性皮膚炎』という過去の拙論

脾肺病としてのアトピー性皮膚炎
 
東洋学術出版社発行の『アトピー性皮膚炎の漢方治療』に掲載。
 1996年の発行で、B5判 216頁 全24篇 55症例 カラー写真多数 定価:3,570円 ということだが、現在は中古でしか手に入らないかもしれない。
           村田漢方堂薬局 薬剤師 村田恭介


   ●はじめに

 アトピー性皮膚炎は,現象的には皮膚と皮下組織の病変であり,中医学的には肺に属する「皮毛」と脾に属する「肌肉」の病変であるから,アトピー性皮膚炎は肺脾病と考えることが出来る。それゆえ,大気汚染の状況や空調設備の環境および食生活の習慣や環境などと,密接な関係がある。

 ところで,『素問』咳論に「五臓六腑はみな人をして咳せしむ。独り肺のみにあらざるなり」と述べられているように,五臓の機能が失調すると少陽三焦を運行する気機の逆乱を誘発し,いずれも肺の宣降を失調させて咳嗽が出現し得ることを指摘しているが,アトピー性皮膚炎も同様に,五臓の病変が肺脾に波及すると,いずれもアトピー性皮膚炎を誘発し得るのである。

 昨今のアトピー性皮膚炎には様々なタイプがあり,代表的な弁証分型を提示することは出来ても,すべてを包括することは不可能な状況である。肺脾の疾患であっても,五臓の病変はいずれも本病を誘発し得るだけに,病機は複雑多岐である。とは言え,これは何もアトピー性皮膚炎に限ったことではなく,大局的に見れば他の疾病と何ら異なることのない普遍的な共通性である。それゆえ,アトピー性皮膚炎だからと言って特別視する必要はなく,肺脾病との認識に立脚して中医学理論に基づく弁証論治を忠実に行うという基本的な営為こそが,最も有効な治療方法と言える筈である。

 人体の生命活動は「五行相関に基づく五臓を項とした五角形」が基本構造であり,病機分析(病態認識)の基礎理論となる構造法則の原理は,陰陽五行学説である。陰陽五行学説という原理に基づく中医学理論は,よりハイレベルな構造法則として常に発展していく必要があるが,差し当たりは現段階における中医学理論に基づき,五臓を項とする五角形のひずみを矯正することが,疾病治療の基本原則となる。

 つまり,西都中医学院の陳潮祖教授が『中医病機治法学』(四川科学技術出版社発行)で述べられているように,五臓間における気・血・津液の生化と輸泄(生成・輸布・排泄)の連係に異常が発生し,これらの基礎物質の生化と輸泄に過不足が生じたときが病態であるから,五臓それぞれの生理機能の特性と五臓六腑に共通する「通」という性質に基づき,病機と治法を分析して施治を行うのである。

@病因・病位・病性の三者を総合的に解明し,
A気・血・津液の昇降出入と盈虚通滞の状況を捉え,
B定位・定性・定量の三方面における病変の本質を把握するというわけである。

 治療方法については、これらの病機分析に基づき,病性の寒熱に対応した薬物を考慮しつつ,

@発病原因を除去し,A臓腑の機能を調整し,B気血津精の疏通や補充を行うのである。

 治療の成否は,中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し,応用出来るかという一事に関わっているが,実際の臨床においては「現症の病機」の把握に大きな間違いがなければ,アトピー性皮膚炎と言えども,既製のエキス剤の代用によっても,一定の成果を上げ得るのである。
 

      ●症例


 (1)当時13歳の女子。身長155cm,体重45Kg。初回,平成5年8月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。
 
[原病歴] 3歳頃に発症し,近隣の皮膚科で加療。主としてステロイド系の軟膏を断続的に使用し続け,軽快と増悪を繰り返していたが,マスコミによるステロイド軟膏の副作用情報に両親が恐怖感を抱き,平成5年5月下旬よりステロイド軟膏を含めて,病院治療をすべて中止する。しばらくして顔面や首回りと四肢の屈曲部を中心に紅皮症様となり,激しい痒みを伴い,掻破して出血する。人に勧められてよもぎ風呂を使用すると,2〜3割程度の緩解があったが,それ以上は良くならない。  

[現 症] 顔面の紅潮が著しく,首と四肢の屈曲部・足の裏・手掌に掻破痕があるが出血以外には滲出液はみられず,すべての患部に白屑が伴っている。少食で疲れやすく寒がり,夜間は夏でも蒲団に頭までもぐり込んで寝る。痒みは風呂上がりに最も激しい。 
[舌 象] 舌の大きさは普通で中心に1本の溝がある。舌質は淡紅・舌尖は紅で点刺が顕著・舌苔は微黄膩・舌下脈絡が青黒く怒張。  

[現症の病機] 脾肺の気虚とともに脾虚生湿と心火亢盛を伴ない,火熱が湿邪と合体して湿熱が生じ,表衛の機能低下による悪風も伴っている。  

[治 法] 補気健脾・燥湿瀉火
 
[処 方] 補中益気湯・黄連解毒湯の各エキス剤(日本で常用される煎薬換算の半量を分3)。  

[経 過] 服用開始の初日から即効し,わずか4日間で,奇跡的に全身の皮膚炎の殆どが消滅した。ところが,5日目から次第に効力が低下し,20日後の状況は足の裏・手掌・首回りが乾燥して白屑が強い。顔面の紅潮や全身の掻痒は殆ど消失したが,首は乾燥のために痛い。

 また,全身の所々で毛穴を中心にした鳥肌が立ち,項背部が凝って寒い。相変わらず就寝時は寒がって蒲団に頭からもぐり込んでおり,足腿の内側部分は鳥肌状の赤い発疹が顕著に出現している。
 以上により,表衛のさらなる機能低下により,風寒束表が誘発されたと考えて「葛根湯」,少陽三焦を通じて体内の津液分布の偏在を調整する「猪苓湯」の二方剤を追加し,それぞれ煎薬換算の半量を分3で加える。

 9月中旬,全体的に軽快しているが,風呂上がりに足の裏が紫色になり,気味が悪いという。黄連解毒湯による氷伏を恐れ,本剤のみ服用量を半分に減す。これで配合バランスがほどよく調整され,多少の波を打ちながらも比較的順調に軽快し,翌年の平成6年3月にはほぼ消失し,念のため10月まで服用して,治療を徹底させた。

 なお,平成6年の1月には黄連解毒湯のみ一時的に中止してもらったたことがあったが,やはり本剤がないと掻痒感が出現してしまうので,結局は少量の配合が必要であった。

 [考 察] 筆者自身は,アトピー性皮膚炎に葛根湯を用いたのは初めての経験であった。表衛の機能低下の上に心火旺盛という状況に対する黄連解毒湯の配合比率は微妙である。配合比率のまずさから風寒束表を誘発する絶好の条件を与えてしまった可能性も考えられる。結果的には黄連解毒湯の配合量を他方剤の2分の1に減量することでバランスが取れた。

 以前,当時14才の愚息の流感による高熱に対し,銀翹散製剤と黄連解毒湯で即効的に治癒させたことがあるが,治癒後もだらだらと続服させていたら,夜間尿の回数が急増して困ったことがある。黄連解毒湯を中止し,腎陽を強力に温補する海馬補腎丸を飲ませて治癒させたが,黄連解毒湯などの清熱瀉火薬を連用する場合は,衛気の来源である腎陽を損傷しないように細心の注意が必要である。

 『霊枢』営衛生会篇に「衛は下焦より出ず」とあるように,衛気は腎から生じる元気がもとになっており,腎陽の蒸騰気化を通じて水穀の精微から化生し,肺の宣発によって全身に散布されるので,衛気が正常に機能するには,@腎精が充足し,A脾が管轄する水穀の精微が充足し,B肺の宣発機能が正常に働く必要がある。

 本例では,心火に対する黄連解毒湯を少量併用しつつ,肺脾の虚損に対する補中益気湯,肺気の宣発を促進する葛根湯,および腎陽の温補も兼ねる葛根湯中の桂皮が合理的に働いて表衛の機能を正常化させ,さらに桂皮は黄連解毒湯による氷伏や腎陽の損傷を防止している。猪苓湯は肺・脾・腎・肝四臓の補益とともに滋陰利水の効能をもつので,少陽三焦を通じて皮毛と肌肉間の膜腠区域の水分代謝の偏在を調節する効能があり,あらゆるタイプのアトピー性皮膚炎に応用が可能である。以上の四方剤によってバランスのとれた治癒力を発揮したものと思われる。

 本例のアトピー性皮膚炎は,心火と脾虚生湿による湿邪の一部が互結して湿熱を生じ,湿熱が少陽三焦を通路として表衛の機能低下に乗じて,皮毛と肌肉間の膜腠区域を擾乱したものと認識している。



 (2)当時18歳の看護婦さん。初回,平成6年5月7日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小児の頃から本病の体質傾向があったが,平成5年になって顔面と手足に顕著な増悪が見られ,10月から当時まだ就学中の付属病院にて加療。ベタメサゾンとビタミン剤のD・M2種類の内服薬とともに,外用薬としてメサデルム軟膏が出され,指示を守り治癒を期待したが,軽快と増悪を繰返し,結局は治癒の傾向が一向に見られないので,母親に連れられて来局。

 [現 症] 掻痒感が強く白屑を伴って顔面の紅潮が著しい。両手には強い掻痒感を伴う水疱があり,掻きむしると透明な滲湿液が流れるが,皮膚表面は乾燥してひび割れと白屑を伴っている。軽度の鼻炎傾向があり,透明な鼻汁が出やすい。

 [舌 象] 舌の大きさは普通で舌質は淡紅・舌尖は紅で紅点が顕著・舌苔は白・舌下脈絡が青黒く怒張。

 [現症の病機] 心火熾盛とともに湿熱毒邪が皮毛と肌肉の間隙である膜腠部分で壅滞した状況である。

 [治 法] 瀉火解毒・清熱化湿

 [処 方] 黄連解毒湯・猪苓湯の各エキス剤(日本で常用される煎薬換算の半量を分3)。

 [経 過] 順調に経過し,漢方薬を使用後は病院から出されていた内用剤・外用剤ともにすべて中止したが,心配されたリバウンドも全くない。7月6日の報告では,直射日光に浴びる機会が多かったのが影響したのか,瞼に痒みを伴う発疹が出没。また,手の皮が繰返し剥がれる。同方を持続し,7月20日の時点では,上記の症状はほぼ消退した。8月6日の報告では手の爪と,爪の根本に異変が生じ,カンジタ様の病変が出現。看護婦さんの仕事上不可欠な消毒液の影響が考えられる。上記方剤に十味敗毒湯エキス剤(煎薬換算の半量)を追加。平成7年2月一杯まで真面目に服用し,アトピーのみならずカンジタ様の病変も消失して廃薬。

 [考 察] アトピー性皮膚炎を誘発した根本的な病因・病機を深く追究しなくても,現時点の一連の症候に基づく「現症の病機」さえ把握出来れば,治法と方剤がおのずと定まるので,充分に治療効果が出せることを証明した典型的な症例である。



 (3)当時14歳の女子中学生。身長161cm,体重51Kg。初回,平成5年10月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小児の頃から本病の体質傾向があったが,平成4年にケーキ屋さんでアルバイトする姉が,毎日の売れ残りを沢山持って帰る日々が続いたお陰で,ケーキ漬け天国の期間が数ヶ月続いていた。ところが11月になって突然,顔面・四肢の屈曲部に激しい発赤・腫脹・掻痒感が発生。このため,一般の皮膚科医院に通院治療していたが,ステロイド剤による副作用のマスコミ報道で恐怖心を煽られ,西洋医学による治療を中止し,漢方薬を求めて母親と来局。皮膚科の検査では,IgEに「家ダニ」と「鶏卵」に陽性が出ていた。

 [現 症] 顔面の紅潮と腫脹が顕著で白屑を伴うだけでなく,所々に掻きむしって生じた滲湿液が黄色のかさぶたを形成している。四肢の屈曲部も同様に,掻きむしって血液を伴った滲湿液が出てかさぶたを形成している。首や腹部や背部にも見られ,殆ど全身に皮膚炎が蔓延している。慢性的な鼻閉・希薄透明な鼻汁・くしゃみなどもあり,皮膚炎のみならず鼻炎症状も顕著。  大便は4〜5日に1回。体力がなく寝るのが大好きで,学校から帰ると寝てばかりいる。皮膚炎が増悪して以来,学校をさぼりがちである。寝汗をよくかき,真冬でも薄着であるが,足が冷える。但し,寝汗をかくような時には,逆に足が火照る。生理の量が多い。

 [舌 象] 舌形は嬌嫩・舌質は淡紅で舌先が鮮明な紅色を呈している。中央部より舌根部にかけて微黄膩苔があり,その他は無苔。

 [現症の病機] 肺脾の気陰両虚の上に,脾虚生湿と心火・肺熱を伴い,このために痰(湿)熱が生じて皮毛と肌肉が接する膜腠で壅滞している。

 [治 法] 気陰双補・清熱化痰(湿)

 [処 方] 補中益気湯エキス剤(日本で常用される煎薬換算の全量を分3)・辛夷清肺湯と猪苓湯の各エキス剤(煎薬換算の半量を分3)・適量の大黄の錠剤。

 [経 過] かなり即効があり,皮膚炎・鼻炎症状ともに急速に消退。リバウンドが心配されたが,極めて順調に経過し,年内には殆ど無症状に近い状態となる。平成6年の4月一杯まで連用して,再発の徴候が見られないので,廃薬。

 [考 察] もしも期待する効果が発揮出来ない場合は,上記の方剤に参苓白朮散の半量を加えて少々脾陰虚に重点を移し,補中益気湯は半量に減量する予定であったが,結果的にはその必要もなかった。

 なお,辛夷清肺湯は日本漢方においては鼻疾患専門の方剤とされているが,中医学的には肺陰虚と肺熱が同時に介在する各種疾患に応用出来る便利な方剤である。アトピー性皮膚炎や気管支炎・気管支喘息のみならず,降圧剤の副作用による咽喉炎や気管支炎などにも応用する機会が非常に多い。



 (4)当時23歳の女性。初回,平成5年5月6日。

 [主 訴] アトピー性皮膚炎。

 [原病歴] 小学生の頃から本病の体質傾向があった。ここ数年来,両手に主婦湿疹様の皮膚病があり,折々に皮膚科にかかってステロイド軟膏をもらって治癒と再発を繰り返していた。四年制大学を卒業したものの就職浪人が決定して以来,アトピー性皮膚炎が全身に次第に発症しつつあったが,友人に勧められたベビー石鹸を初めて使用し,その晩に父が持って帰った握り鮨を大量に食した翌日から激化。顔面・四肢の屈曲部のみならず両腕全体が,激しい掻痒感を伴って発赤・腫脹・乾燥・落屑が出現。右耳周囲の掻痒感は特に強烈で耳切れも併発。マスコミ情報の影響で,ステロイド軟膏の使用に不安を覚え,漢方薬を求めて母親と来局。

 [現 症] 上記の症状の他,両手首から腕にかけて,暗褐色の苔癬化した色素沈着が顕著。手の指や掌に痒みの強い水疱が多数発生し,掻きむしると透明な滲湿液を伴って,ボロボロと表皮が繰返し剥がれる。顔面や両腕・腹部などに掻きむしった血痂と苔癬化した個所が無数にあり,とりわけ腹部には腕と同様に苔癬化した色素沈着の顕著な部分が広い。

 [舌 象] 舌は痩薄で横皺の裂紋が多く,舌質は紅絳・舌苔は薄白で乾燥し,舌根部に苔が解離した暗紅色の無苔部分がくっきりと目立つ。また,舌下脈絡が青黒く怒張。

 [現症の病機] 陰血虚損の体質である上に,辛辣厚味の多食による胃熱によって胃陰を損傷し,母病が子に及んで肺熱と肺陰虚を併発し,脾不運湿による湿と熱が互結して湿熱を生じて皮毛と肌肉が接する膜腠で壅滞している。

 [治 法] 滋陰・清熱・化湿を行った後に補血活血も併用する。

 [処 方] 辛夷清肺湯(全量)・三物黄芩湯・(半量)猪苓湯(半量)の3方剤の併用。後に温経湯(全量)も追加。

 [経 過] 手と色素沈着のある両腕と腹部は目立った効果は認められないが,発赤・腫脹・落屑が併発している部分はすべて順調に軽快し,数ヶ月後に顔面の紅潮がほぼ完全に消退したところで,温経湯を追加。これによって,次第に色素沈着が顕著な両腕と腹部の苔癬化していた部分が消退し始め,平成7年6月まで上記の4方剤を併用。色素沈着がほぼ消退したので,以後は辛夷清肺湯と猪苓湯の2方剤のみ,予防と体質改善の徹底を期待して現在も続服中。なお,舌根部の苔の解離部分は完全に消滅している。

 [考 察] 平成8年2月現在も,母親の希望で上記の2方剤のみを継続しているが,理想的には適量の温経湯も併用すべきであろう。引き続き観察中であるが,今のところ再発は見られない。


  ●おわりに

 アトピー性皮膚炎は,現在大きな社会的問題となっているが,中医学的には基本通りの弁証論治を正確に行えば,かなりな成果が得られる。既に述べたように,治療の成否は中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し,応用出来るかという一事に関わっている。

 前掲の症例は,初期から弁証論治が比較的正確に行えたものばかりを掲載させて頂いたが,実際の臨床では,初回から期待するような治療効果が出せず,長い間,病人さんともども難行苦行を強いられたことも何度か経験している。このような場合でも,軽快後の結果から考察すると,結局は不正確な弁証が原因であり,正確な弁証がありさえすれば,比較的スムーズに軽快・治癒に向かわせることが出来た筈のものであった。

 根本的な病因・病機をそれほど深く追究しなくとも,現時点における一連の症候に基づいた「現症の病機」さえ把握出来れば,おのずと治法と方剤が確定されるので,既製のエキス剤の代用によっても,充分に一定の効果を上げることは可能である。
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2018年11月26日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(8)おわりに

  (8)おわりに

 中医薬学の本質を知らずして、安易に「前近代的、非学術的である」などと批判するべきでないのと同様に、そのことは日本漢方にも言えることである。

 しかし、私には日本漢方にはどっぷりと浸かって来た経験がある。

 「漢方歴わずか17年の青二才が、しかも薬剤師の分際で」と言われれば身も蓋もないが、日本漢方の将来を純粋な学問的立場から真剣に考えていることでは人後に落ちないつもりである。


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2018年11月25日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(7)中医漢方薬学

  (7)中医漢方薬学

 昨今のように西洋医学畑の人々から好きなようにもて遊ばれ、西洋医学に吸収合併されるくらいなら、日本漢方に比べ遥かにレベルの高い中医学に吸収合併された方がどれほどましなことだろう。

 日本漢方にも中医学よりも優れた点(一部の方剤学や腹診法)があるのだから、そうすることで立派な理論と科学性を持った「中医漢方薬学」が生まれることは間違いないと思われるのである。

 中医薬学の世界は、広大で無限な医学薬学の宝庫であり、将来は西洋医学と対等に、あるいはそれ以上の立場で、この日本においてこそ正しい方向での中西医結合が可能であると思う。この日本の中にも、かなり多くの中医薬学の偉大さを真に理解されている諸先輩方が多いだけに、決してこれは単なる夢に終わるものではないと信じている。

 麻黄湯が表熱実証などという錯誤を改めて、合理的な言語と理論を一日も早く獲得し、同じ東洋世界の仲間と対等に議論ができるレベルに向上するべきではないだろうか。

 日本漢方にもすぐれた治療効果があるのを認めるに吝かではないが、病因や病態の認識の希薄さ、及び治法に対する法則の甘さにおいて、果たして方証相対論による方剤中心のパターン認識の単純な経験医学が、病の根治療法となり得るものかどうか?

 時に対症療法にしかなっていない現実を無視することはできまい。

続きは⇒(8)おわりに
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2018年11月24日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(6)日本漢方の優れた点

  (6)日本漢方の優れた点

 正直に告白すると、この点については日本漢方の方剤学における些かの体験的な面白い成果以外には、それほどの価値を認める気にはなれない。
 過去、近藤良男先生が本誌(和漢薬誌)347号に発表された「疾医の道を往け!」と題された玉稿の中で、

 「十年か二十年『漢方的』なことに手を出して『漢方の前途がどうだこうだ』とは何ごとかと云いたいのである。」

 とのお言葉は、今も胸に響くのであるが、私にとっては、吉益東洞の偶像は既に崩壊してしまった。

 病因や病態の認識もできず、薬物についての貧弱な認識しか持たない日本漢方が、果たして医学薬学と言えるものかどうか?

 昨今のように西洋医学畑の人々から好きなようにもて遊ばれるのも尤もなことで、合理的な科学性を殆ど持たない日本漢方は、「学」ではなく「術」であるなどと主張していたら、今に西洋医学の中に「吸収合併」されて、消滅してしまうに違いない。

 漢方のベテランの先生ですら、中医学言語や理論を「前近代的、非学術的」などと、訳の分かったような分からないような概念であしらわれる困った世の中である。

 我々日本人は複雑な理論や理屈を好まず、直ぐに単純化したり、自分等の都合の良いように改良(というより改悪)して本質を忘れてしまう悪い習性があるように思われる。

 吉益東洞以来、日本の漢方が如何に本質を見失って来ていたことか。

 吉益東洞の存在は当時の歴史的、地理的、環境的(梅毒が流行した等)な制約の為に、止むを得なかったとしても、いまだにその流れが日本漢方の主流である現実は、何とも不思議と言う他はない。

 基本思想や哲学をおろそかにし、お隣の本場中国での発展を無視し続けてきたツケが、今頃になって回って来たことを自覚するべきだと思うのである。

続きは⇒(7)中医漢方薬学
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2018年11月23日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(5)日本漢方のどこがおかしいか

  (5)日本漢方のどこがおかしいか

 この点については、既に詳しく「中医学と漢方医学」(1989年月刊『和漢薬』誌1月号(通刊428号)巻頭論文)及び、東洞批判を中心に展開した拙文「日本漢方の将来『中医漢方薬学』の提唱」(『漢方の臨床』誌・東亜医学協会創立50周年記念特集号発表論文)で述べているので、是非とも目を通して頂きたいと思う。

 昨年の本誌12月号(1988年『和漢薬』誌・通刊427号)の拙文「遠田先生への反論及び中医学用語の弁護論」における文末において、「東洞批判論」の予告をしておいたが、故あって東亜医学協会創立五十周年記念特別号である前記「漢方の臨床」誌において発表させて頂いた。

 重要な補足としては、東洞流以外の日本漢方のうち、陰陽五行学説等の内経思想を基礎とした流派においても(私自身、一時、深入りしかけた経験から述べると)、同じ中国の古代哲学から出発しながら、その後の中国における発達した成果を参考にすることもなく、いたずらに古代哲学のレベルに留まったまま、その思想や理論を実践に直結して応用することが殆どできない、単なるお飾り的な理論武装の世界のように思われる。

 その点、現代中医薬学は常に理論と実際が直結する方向で発達して来ており、「陰陽五行学説」にしても、妄信的に取り入れている訳ではなく、常に「批判的に継承」している。
 したがって先の遠田先生のように「荒唐無稽」などと極め付けて安易に否定することもなく、無批判に受け入れている訳でもない。

 何億という人口をかかえる中国において、長い年月、臨床実践を繰り返して獲得した豊富な経験と理論知識に基づき弁証法的に打ち立てて来た現代中医薬学と、歴史も浅く少人数で何とか今日まで維持して来た日本漢方の歴史を比較するだけでも、レベルの程が推察できようというものである。

続きは⇒(6)日本漢方の優れた点
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2018年11月22日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(4)中医学に目覚める

 (4)中医学に目覚める

 禅用語に「啐啄同時(そったくどうじ)」(碧巖録、第七則の評唱中の一句)という言葉があるが、まさに雷に打たれたような衝撃を受けることになる書物との出会いは、昨年(1987年頃)の和漢薬同好会に出席の折の書籍展示場であった。

 それは、まだ出版されたばかりの張瓏英先生が書かれた『臨床中医学概論』である。

 この書物によって、これまでの迷いが完全に払拭され、過去の中医学の乱雑な学習の細切れの数々が一気につながり、有機的な統一と全体観の把握をもたらせてくれた。
 中国語の原書や翻訳書にはない、中医学修得のコツと心得が随所に書かれており、優れた表現力のお陰で、極めて得難い「頓悟」をもたらせてくれたのであった。

 加えて、第一章の「中医学への誘い」については、迷える学習者にとって、どれほどの励みになるか計り知れない。

 中医学の全体が有機的に把握されて来ると、今後の学習すべき方針が確実に定まってくる。迷いも完全に断ち切られ、中医薬学の偉大さが判然と分ってくる。

 そして相対的に、長年親しんできた日本漢方がいよいよ色褪せて来るのであった。

 日々の仕事においては、日本流をやっていた頃のやり切れない不安は殆ど消失する。合理的で科学性のある基本理論を基に、ちょうど沢山の数学の基本公式を使って複雑な応用問題を解くことに似ており、創造的で基本理論にしっかりと支えられた自信のある仕事ができる。

 基本知識を名実共に修得すれば、自らも新たな基本公式を生み出すことも可能で、しかもこの多くの基本公式を応用して新たな難病を解決する糸口を論理的に追究し開発することが可能となる。

 理論と現実がピッタリと一致する見事な合理性と科学性によって、将来は西洋医学よりも優位な立場から、この日本国において中西医結合を可能にし、新たな素晴らしい医学薬学が創造されることが十分に予測されて来る。

 「中医学は理論が立派でも、実践面では日本流ほどには効果がない」
と言われる人は、中医学をまだまだ生齧りの状態である証拠であろう。

 「中医学は理論があまりにも整然としすぎ、きっぱりと割り切っているが、現実の病人はそれほど甘くはない」
 との発言も全く空しい誤解であり、それこそ中医学を甘く見すぎているのである。

 さらには、
 「中医学は日本では使われない生薬ばかりが多く、中草薬が手に入りにくい日本では非現実的である」

 「中医学を実際に行うとしたら、煎薬を中心にしなければならない。日本の現状では無理がありすぎるのではないか」

などの疑問は、過去、私自身が長い間の疑問と悩みでもあったが、{中医基礎学}{中草薬学}{方剤学}を基本的、有機的に理解すると、殆ど考える必要のない問題であった。

 五年前(平成18年からは23年前)くらい前までは、私自身、中草薬を色々と盛んに仕入れて煎じ薬中心の仕事ばかりをしていたが、中医薬学の全体と本質が見えて来ると、何も煎薬や変わった中草薬が不可欠とは限らず、エキス剤でもかなり自由に操れることが分ってくる。

 相当な複雑な病態でない限りは(と書いているが、平成18年現在では相当複雑な病態こそインスタント漢方を有機的に組み合わせたほうが臨機応変の配合変化を行えて却って便利であると考えている!)インスタント漢方を自由に操って応用することはそれほど困難ではない。

 この辺は大変な誤解があるもので、方剤単位の考察ばかりが主体の日本漢方とは異なって、とりわけ中草薬学の学習が物を言う。(中薬学知識が深ければ、いくらでも各方剤に含まれる薬物を利用して代用する能力が養われるということ。

 中医薬学の本質を把握すれば、かなり融通無碍な対応が可能になることは間違いないが、但し、「臓腑弁証」や「病邪弁証」などを省略して安易に簡略化してシステム化した似非中医学理論を学習すると、本質を忘れた迷路に迷い込んでしまうので、この点は特に注意が必要であると思われる。

続きは⇒(5)日本漢方のどこがおかしいか
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2018年11月21日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(3)堕落しかけた頃

  (3)堕落しかけた頃

 方証相対論による日本漢方は自分なりにかなりなレベルまで把握して来た自惚れがあり、これ以上、日本流を学んだところで、大して得ることはないなどと、僭越にも既に日本流の限界を感じてしまっていた。
 このまま安易に自分に妥協してしまって、日本流の閉塞的な方証相対論の世界に舞い戻り、中医薬学の修得を諦めるのか。

 日々の仕事においては、日本流の漢方のみでも、喰うに困ることはないのだからと、堕落の道に陥り始めたようである。
 とうとう、趣味のチヌ釣りに逃避し始め、仕事の方は、安易な日本流でお茶を濁すことでも、ほどほどの仕事にはなる。怠け始めて後、二〜三年は、釣三昧の人生である。

 しかし、それにしても中医学の魅力は捨てがたかったのだが、どうして修得できないのか。複雑な理論を実践に応用する有機的な理解がなされていないことは確かである。
 釣に熱中した初期の頃(5年前頃=平成18年からは22年前)は日本流に逆戻りして投薬していたが、中医薬学の実践に情熱を燃やしていた時の充実感はない。
 おまけに効く効かないに関わらず、常に選薬時の不安がつきまとう。

 理論の乏しい民間療法的な日本漢方のレベルの低さを徹底的に思い知ったのはこの頃であった。
 中医薬学には理論と実際が直結する合理性、及び科学性があるのに、それに引きかえ日本漢方には一体何があろうというのだろうか?

 逃避していたかに思えていた釣りの世界はしかし、自信というものを教えてくれるものでもあった。一番難しいと言われるチヌ(黒鯛)を釣る為に、集中的に海に通い始め、結局は短期間の内に、チヌ釣り歴が数十年のベテランの平均値を、数の上でもサイズの上でも、ほんの数年間で追い越してしまった自身は得がたいものであった。

 中医学のマスターもこれだと悟り、日々の仕事は、時間と労力を消耗する煎じ薬の仕事を減らし、諦めかけていた中医学の基礎理論、中草薬学、及び方剤学の学習を本格的に再開したのである。実践面においては、常に弁証論治の法則に従ってきめ細かな分析を心がけ、体質、病因、病理を認識しての治法の設定。

 これらの実践を常に心がけながら、たとえエキス剤であれ、中医学的考察を繰り返し、安易に日本流で考えないようにつとめる訳であるが、長年の習慣である処方毎のパターン認識漢方を完全には克服することができない未熟さに、歯痒い思いを感ずることもしばしばであった。
 まだまだ中草薬に対する認識の浅さが問題なのであろうと、学習面ではこの分野には特別な力が入った。

 こうして常々中医学的な論理的思考を努力して行けば、書物による学習がそのまま身になって来る。次第に中医学全体が見渡せる感じが掴めかけたものの、もう一つしっかりした全体観を把握するまでには到らない。
 効く効かないに関わらず、選薬時における一抹の不安が拭い切れない。ダラダラと中医薬学の学習を十年以上も続けながら、情けないことであった。

続きは⇒(4)中医学に目覚める
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2018年11月20日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(2)初期の迷い

  (2)初期の迷い

 過去の迷いや煩悶を思い出して記すことは古傷をさらすのに似て、実際のところあまり気のすすむ仕事ではない。いまさらながら、(大袈裟に言えば)この過ぎ去りし無知と蒙昧の日々を忘れ去りたい抑圧気分が邪魔をしてしまう。

 うまく表現できるかどうか自信はないが、自らの立脚点を確立するまでの経緯はそのまま現代日本漢方の問題点を引きずって歩いてきた感が強いのである。

 初期の東洞流にかぶれていた当時、「方証相対論」を信奉していた頃は、先人の口訣や諸先輩方の語著作を頼りに、時に大効を奏する喜びに目が眩んで、無条件に東洞流の古方に憧れていた。

 やがて、陰陽五行学説等の内経思想を基礎としたもう一つの古方派(荒木性次氏や龍野一雄氏など)があることを知ってしばらく深入りしかけたものの、思想や理論が臨床面にあまり直結しない理論武装の世界ではないかと、直ぐに多少の疑問を感じるようになった。
 しかし、当時(十五年前頃=平成18年からは32年前ということになる)手に入れた中国における傷寒論や金匱要略の解説書の内容に、かなりな共通性があるのに驚かされたりもした。

 かくして、東洞流の古方ばかりか、内経思想を基礎とした古方派の学習に並行して、中国で出版される中医学の原書を収集し始め、日本国内において漸く出版され始めた中医学の解説書や翻訳書も殆どすべてを購入して学習するという、支離滅裂な学習と実践が続く。

しかし、臨床面では当時も日本漢方界の主流を占めていた東洞の流れを汲む「方証相対」を錦の御旗とする実践が中心であり、先輩諸先生方が書かれた書物は殆ど余すことなく学習しつつの実践であった。

 まもなく、みずからの実践的な体験から、日本流における「実証、虚証」の概念について、現代の考えにつながる強い疑問を抱くようになった。
 拙著(東明社発行『求道と創造の漢方』)中の31ページに、十年前頃の「漢方の臨床」誌に発表したものを転載して「胆石症に大柴胡湯」と題し、
胆石症の多くは大柴胡湯の応じる場合が殆どであるということは常識的なことになっている。日頃の健康時の体質的な虚証、実証はあまり関係しないことも事実であり、実際のところは、胆石症や胆嚢炎に限らず、一見脾弱に見える痩せ型で、胃下垂、内臓下垂型と思われる人にも、季肋部や心下部のみが特別に充実しているのを案外見かけるものである。 そんな現実を考えると、一般に言われるところの、大柴胡湯は実証向きで、小柴胡湯は虚実中間、柴胡桂姜湯は虚証向きである、などという言い方は、私は嫌いなのである。こういう見方、言い方は、全体的な、総合的で、しかも却って漠然としたもので、実地に役立つのは胸脇部や心下部の部分的な充実度が重要なのである。したがって身体各部の部分的な虚実を云々するならともかく、漠然と実証だ、虚証だと言うのは、そのことに比べればあまり意味のあることとは思えない。
     −村田恭介著『求道と創造の漢方』東明社刊
と書いている。

 また、その少し前(15年前頃=平成18年からは32年前)には、「漢方の臨床」誌の誌上で、桑木崇秀先生が「陰陽虚実について」と題して中医学的な考え方の合理性を発表されたことで、古方派の先生方と論争に発展したことが印象深かった。
 その時の古方派の高名な先生のお一人が、東洋医学会において、麻黄湯などの太陽病に対する方剤を「表仮寒証」であると提唱されるに至って、私の愚鈍な頭は酷い混乱状態に陥ってしまった。

 当時の私としては、たとえば麻黄湯を「表熱実証」と表現するような日本漢方に対して、「表寒実証」であるとする中医学的な考え方に合理性があると考えながらも、ずいぶん長い間、悩まされ続けていた。その挙句に「表仮寒証」などと提唱されるに至っては、いよいよ混乱の極に達して、いよいよ漢方理論そのものに不信を抱かざるを得なくなった。

 辛温解表薬を中心に配合された麻黄湯を「表熱実証」などと全く矛盾した概念でよしとする日本漢方における錯誤、及び「表仮寒証」と提唱されるが如き晦渋な解釈は、実に理解に困(くる)しむものである。

 ともあれ、当時の私としては、まだまだ中医学の基礎理論に対する理解は浅薄なもので、その当時に紹介され始めた中医学の入門書にしても、「八綱弁証」ばかりを中心に論じてクリアカットに簡略化したものが多く、極めて重要な「臓腑弁証」を疎かにしたもので、その為に却って幼稚な知識しか得られなかった。

 これらの初期の中医学入門書のハシリの多くは、日本の方証相対論に媚びる姿勢が感じられ、処方決定時の選薬方法は弁証論治と言われるレベルには到達しておらず、いたずらに単純な理論化が目立った。
 但し、中医学特有のキメ細かな弁証論治からは程遠い「似て非なるもの」としか言いようがない面があったとは言え、当時としては中医学的な考え方を逸早く日本に紹介した功績は大きいと思われる。

 中医学の正統なものが紹介され始めたのは直ぐその後のことで、十二年前(平成18年からはおよそ29年前)頃には神戸中医学研究会の訳で発行された上海中医学院の「中医学基礎」であったと思われる。日本語で読めるものだけにインパクトは強く、その後しばらくして発行された「漢薬の臨床応用」を手にした時の感激は忘れられない。

 中医薬学の学習にいよいよ拍車がかかったものの、今にして思えば当時の私の漢方はまるでチャンポン漢方で、実践面では日本流の知識に生齧りの中草薬学知識を取り入れての小刀細工が目立った。  党参(とうじん)、金銀花(きんぎんか)、延胡索(えんごさく)、枳殻(きこく)、丹参(たんじん)、鶏血藤(けいけっとう)等の中草薬を盛んに仕入れて独自の境地を進んでいるつもりの、思い上がりの時代でもあった。

 ところが、やがて中医薬学知識が増え、中国における医案集などを学習し始める頃には、却って中医学の難しさを思い知ることとなった。

 ある雑誌で「中医学書を二三度読んだくらいで理解できる訳がない」といった類のことを読んだことがあるが、確かに言われる通りであろう。

 当時の私の漢方は、本誌に過去「中草薬漫談」を発表以後、ずっと本格的に中医薬学を学習して来たつもりであるが、どうしても中医学の実践において、安易に行える日本漢方の方剤中心のパターン認識術の枠内から飛び出す自信が得られないままであった。

 多くの中草薬を使いこなすのも大変なことであり、日々煎薬ばかりの仕事は体力的な疲労を生む。
 まだまだ応用自在な中医学を行うことは出来ずに小刀細工の加減法ばかりであることに気が付いて、愕然としてしまうのであった。

 結局は方証相対論の世界からいつまでも抜け出られない自分が情けなくもあった。

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2018年11月19日

『中医漢方薬学に目覚めるまで』(1)はじめに

 原題「中医漢方薬学 村田恭介著」1989年月刊『和漢薬』誌5月号 通刊432号 巻頭論文

 (1)はじめに

 本論は「中医学と漢方医学」の最後に提唱した私案である。

 また、その「中医学と漢方医学」の続編的なものとして「日本漢方の将来『中医漢方薬学』の提唱」と題して、東亜医学協会発行の「漢方の臨床」誌12月号に発表させて頂いた表題の中心部分でもある。

 更に後者の論旨は「漢方医薬新聞」1月15日号にも「平成元年、漢方への提言」と題して転載された。

 いずれも日本漢方批判を中心に展開しつつ、日本漢方は中医学に吸収合併されなければならない必要性、あるいは必然性を論説した。

 とりわけ後者においては、吉益東洞批判を中心に展開し、現代日本漢方の閉塞状態を訴え、発展性のある「医学薬学」として生まれ変わる唯一の道として、中医学への吸収合併論、「中医漢方薬学」を提唱した。

 そしていずれの拙文においても忌憚のない御批判と御指導をお願いしておいたが、今のところ筆者のものへは、予想外の多くの御賛同やお励ましのおたよりばかりで、御批判のお声は風のたより程度にしか伝わって来ない。

 信じるところを忌憚なく発表させて頂いたものの、浅学なるがゆえの思い違いや考察不足、勉強不足は覚悟してのやむに止まれぬ発表であっただけに、御賛同やお励ましのおたよりは勿論であるが、純粋な学問上のこととしての御批判こそありがたいものである。

 浅学菲才を省みず、どうして私が前記二誌に亙って現代日本漢方を批判しつつ、中医学への吸収合併論を発表しなければならなかったか。

 このことは、過去の私の迷いと煩悶の内容の数々と、そしてそれらに対する自らの回答が答えになるものと思われる。

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2018年11月18日

『中医学と漢方医学』(11)とっても重要な「追記!」

  (11)追記

(追記1)

 中医学を今から本格的に始めようとされる方に是非、お奨めしたい書物としては、(文献@)の張瓏英先生著作の「臨床中医学概論」がある。

 日本漢方からなかなか中医学に転向出来ずに悩んでいる方には特に最高の書籍であると思う。私にとっては久々に目からウロコが本当に落ちてしまったくらいである。

 一般の中国語の原書や翻訳書では決して知ることの出来ない中医学マスターのコツが随所に書かれている。何はともあれ御一読を!

(追記2)

 最近ある機会から、中医師のT氏に親しく御教示を賜る光栄に浴した。
 氏は中国に四十年間在住し、後半の二十年を中医師として過ごされた。六年前に帰国され、現在はM社の対中企画室に勤務されておられる。

 氏のお話で特に印象深かったことは、「二十年間の診療中、一度として同じ処方を投与することはなかった。」どんなに似ている病人でもそれぞれに特殊性があるのだから(文献G)「日本漢方のように定型処方だけで病人を治療するのは原則的に言えば、決して正しいことではない。そんなことでは中国で一般の人が薬屋さんに行って中成薬を買って服用するのと同じレベルですよ」と言われたことであった。

 とは言え、日本には様々な事情から自在な処方が作れない。原料の中草薬の問題は一昔前と違って各漢方生薬メーカーさんに注文すれば殆どのものが入手可能ではある。

 ところが医師の場合は湯液治療までは手が伸ばせない方も多く、為に保険漢方で扱える範囲のエキス剤しか使用出来ない。薬剤師の場合は湯液やエキス剤の加減をすることが出来ない等の制約がある。

 ところが私の拙い経験から言えば、既成の処方エキス剤や薬局製剤できめられた範囲の煎剤でも、中医薬学的思弁を活用することは、かなりなところまで可能であると思う。

 但し、T氏が言われる、「二十年間に一度として同じ処方を投与したことはなかった」との正統な中医学の{実際処方}の在り方を忘れてはならない。それほど中医学は奥深いものであろうと思う

 従って我々は中医薬学をたゆまず学習し、これに漢方医薬学知識を吸収合併させることで、「中医漢方薬学」を新たに創造して行けば良いではないかと考えている。ここに、ものまね上手な日本人の持前の器用さを発揮する時と場所があると愚考している。(文献D)(文献G)

文献
(文献@)張瓏英著「臨床中医学概論」自然社発行/緑書房発行⇒『新編・中医学 基礎編 』源草社刊!!!
(文献D)村田恭介著「求道と創造の漢方」1985年5月 東明社刊
(文献G)村田恭介著「『弁証論治』と『方証相対』雑感」(「漢方研究」誌1982年2月号)小太郎漢方発行
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2018年11月17日

『中医学と漢方医学』(10)日本漢方(漢方医学)の将来のために

 (10)日本漢方(漢方医学)の将来のために

 以上、浅学菲才を棚に上げて、中医学と比較することによって自国で発展した漢方医学批判を繰り返す愚を犯してしまったようだ。これ等はあくまで、私個人の見解であるが、これによって多くの方々に不快を与えることを恐れる。然し、私は現在の見解の思うところを声を大にして訴えたい。

 これから漢方医学は、中医学派によって、吸収合併されざるを得ないだろうと。それ以外に生き延びる道はもう無いように思われる。

 漢方医学が医学として存続するには、あまりにも理論体系が貧弱に過ぎ、発展する余地が乏しいと思う。

 とりわけ、個々の生薬に対する認識不足は、漢方理論の貧弱さと相俟って、絶望的であるとさえ思われる。

 ただ、方剤に対する認識と腹診法、その他、傷寒論、金匱要略に対する認識に一応の見るべきところはあるが、これらは、積極的に、中医学に吸収合併してもらうべきであると愚考するのである。

 いや、このように主張する必要はないのかも知れない。器用な我々日本人は、我々だけで創造するのは不得意でも、他国の創造物を改良発展させる技術においては定評のあるところである。わが国において、漢方医学が中医学に吸収合併されていくのは必然的なことであり、もう既にその第一歩を踏み出している時代が来ていると信じたい。

 ある患者が漢方薬で病気が治った場合、どうしてその漢方薬が効いたのか。その患者の病態の説明{病態認識}、それに対する治療の方法とその理由{治法}、それに該当する基本方剤の設定とその設定理由{方剤}、実際に投与する時の具体的処方内容と、それぞれの薬物の配合目的及びその配合理由{実際処方}。

 これらを筋道たてて論理的に説明できる理論と法則が漢方医学にどの程度あるものか?

 薬学部出身の一介の漢方薬屋の分際でありながら、日本の漢方医薬学について兎や角言う筋合いではないかも知れないが、その素材の生薬は私の専門分野である。

 薬の専門家のはしくれである立場から見て、昨今のような漢方医薬学の在り方に、多大な疑義を抱くに到った訳である。

 日本の漢方医薬学の歴史を遡って考えれば、決して昨今の様なものではなく、現在の中医学につながる医学思想を持つ「後世方派」が主流を占めていた時代もあった。

 たまたま学問世界の復古主義が流行した折、吉益東洞という天才的な人物が登場し、傷寒論、金匱要略のみを是とし、且つ方証相対論を旗印にした「古方派」が次第に主流となるに到った。

 現在では「折衷派」が主流とは言え「方証相対論」の錦の御旗は東洞以来、変わることがない。

 ところがその間、中国との国交が回復して以来、急速に中医学が日本に入り込んで来た。一部では熱心に学習され、日本の伝統医学である漢方を殆ど完全に見捨ててしまった人もいるようだ。

 私自身にしても漢方医学とは対照的な中医学の在り方を多少とも実際に知るにつけ、この日本の伝統医学に対する疑義は最高潮に達してしまったのである。

 以上の稚拙なる私見に対して当然、多くの反論があるのは覚悟の上である。

 特に漢方医学の理論体系の有無について、また実証、虚証についての漢方医学上の定義については、私の極論的な決め付け方に相当な非難があることは覚悟している。是非、忌憚なき御批判と御指導をお願いしたい。

 少しでも自国の漢方医薬学の発展と繁栄のためになることなら、一人くらい本音を包み隠さず公言するドンキホーテがいてもよいではないかと居直っている昨今である。

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2018年11月16日

『中医学と漢方医学』(9)中医学の優越性について

   (9)中医学の優越性

 翻って、中医学にはまだまだ無限の可能性が秘められており、例えば「四診」の方法において、(この分野には将来、日本の腹診法の貢献も考えられるが・・・)「八綱弁証」「気血弁証」「臓腑弁証」「三焦弁証」「衛気営血弁証」「六経弁証」「病邪弁証」「外感熱病弁証」などの弁証項目のバリエーション、「治則」や「治法」における新見解から創造される「方剤学」の更なる発展への期待。(この方剤学にはとりわけ日本漢方の貢献も十分に期待される。)さらには「中薬学」の分野のみならず、基礎学や各論における理論面においても、新たな見解や理論を追加修正する余地と発展進歩性を十分に残している(文献F)。

 張瓏英先生によると「現代の中医学はあくまで現段階の水準のものに過ぎず、もちろん絶対的なものではない。理論上、実践上、いろいろの矛盾、不統一は少なからず存在するのが現実である。一方立場をかえてみれば、矛盾、不統一であるからこそ、今後の新しい飛躍があり得るし、新しい発展進歩が大いに期待される。新しい方剤の創造、新しい中薬の発見はあり得るし、私たちもそれに努力すべきと思っている。」(文献@)と言われる。

 蓋し、我々はそれ以前の問題として、いつまでも漢方医学の殻に閉じこもってばかりいないで、中医学の基本課程を一日も早く修得する必要があると思う。

 再び張先生によれば、「中医学は大学生が5〜6年もかけてやっと中医師の最低基準に達するほどの学問であり、単期日のうちに修得できるものでは決してなく、たゆまぬ努力と研究が要求されるものである。中医学も系統的な一つの学問であるから、基礎理論は十分修得する必要がある。あくまで臨床実践はその上に初めて成り立つものであるから、理論学習は一見遠回りのようではあるが、結局は近道となるからである。」(文献@)、といわれる。

 筆者のような浅学菲才の者にとっては十数年間、中途半端に続けていた為に、最近になってようやく初歩を一歩踏み出した程度にしかなっていない。それでも、少なくとも漢方医学を学習している上では常に理論上のあいまいさ、不可解さに悩まされ続けていたストレスが、中医学の学習が深まるにつれ、雲散霧消しつつある。

文献

(文献@)張瓏英著「臨床中医学概論」自然社発行/緑書房発行
(文献F)村田恭介著「読書と漢方」(「和漢薬」誌1988年9月号 通刊424号)ウチダ和漢薬発行

続きは⇒(10)日本漢方(漢方医学)の将来のために
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2018年11月15日

『中医学と漢方医学』(8)漢方医学に将来はあるのか?

  (8)漢方医学に将来はあるのか?

 先人の多くによって、或は近年の膨大な治験集の数々によって、繁用処方の使い方は日本的に徹底的に研究されて来た。これ等によって、日本独自の多くの処方解説書を生んでいる。

 比較的少ない処方で、多くの慢性病に対処し、一定の成果をもたらせて来た自信と誇り、中医学と一線を画する日本独自の漢方医学は方剤中心のパターン認識の医学であり、これまた独自の腹診法と相俟って、益々発展するかに見えるが、私にはそうは思えない。

 まず、方剤学及び腹診法においての成果を認めるに吝かではないが、医学としての発展性については殆ど絶望している。

 もしも発展する可能性があるとしたら、唯一つの道があるのみ、中医学に吸収合併されることである。もしも、この吸収合併がなされなかったら、まず漢方医学の進歩はあり得ず、医学もどきの存在として、中医学派に対して随分と肩身の狭い思いをする時代が来るに違いないと思うのである。

 医学思想として、体系化出来るほどの全体観と基本理念、及び成熟した専門用語を持つ訳でもない言語障害的な漢方医学の存在は、医学と言うには余りに貧相である。

 細部を見れば傷寒論、金匱要略の研究において、洗練された独自の見解が多々見られるにしても、いつまでも原始医学を墨守するのは時代錯誤も甚だしいと思われるのである。

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2018年11月14日

『中医学と漢方医学』(7)漢方医学に「方剤学」といわれるほどのものは、はたしてあるのかどうか?

   (7)漢方医学における方剤学

 次に中医学における「方剤学」に該当する部分である。私見によればこの分野にのみ、辛うじて見るべきものが漢方医学にはあると思われる。

 方剤中心のパターン認識の医学としては、この分野にのみ本領があり、これあるが故に、西洋医学に打ち消されることなく現在まで生き残れた所以であろう(文献G)。

 傷寒論、金匱要略の原始処方を中心に、その不足分を後世方から恣意的に追加して、処方毎にパターン化されている。その使用目標とされるところは、それほど理論化されている訳でもなく、使い方のニュアンスを伝える口訣(くけつ)は豊富で様々に表現されて来た。

 また、傷寒論、金匱要略等を深く読み込むことによる奇抜?な発想から応用した時の著効例などは枚挙に暇が無い。あたかも芸術的センスと、何物にも囚われない創造力や発想力が要求される。

 勘の冴えによって摩訶不思議な著効を生み続けた歴史と伝統が、多くの名人を生んで来た事は事実である。

文献:(文献G)村田恭介著「『弁証論治』と『方証相対』雑感」(「漢方研究」誌1982年2月号)小太郎漢方発行

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2018年11月13日

『中医学と漢方医学』(6)中薬学に比べて見劣りがする漢方薬学

 (6)中薬学に比べてあまりにも見劣りがする漢方薬学

 次に、「中薬学」に該当する漢方医学におけるものはどうか。今、ちょっと思い浮かべても思い当たるのは吉益東洞の「薬徴」、浅田宗伯の「古方薬義」。近年の著作としては、管見によれば伊藤清夫先生監修の「漢薬運用の実際」であろうか。

 他にも種々あるにはあるが、どの書籍も、これが漢方医学における漢方薬学であると誇れるに足るものがあるとは考えられない。強いてあげるならせいぜいのところ、東洞の「薬徴」とその流れを汲むものであろうか。

 時折見られるこの分野の出版物は中薬学と現代生薬学の成果を取り入れた雑然としたものであるようだが、脆弱な基礎医学しか持たない漢方医学においてすぐれた漢方薬学が生まれないのは当然の帰結であろう。基本が脆弱なのだから、主体性のない切り貼り仕事の薬学書しか生まれる筈もない。

 この分野も漢方医学における大きな弱点の一つである。方剤中心のパターン認識が主体の医学としては当然の帰結かもしれない(文献F)。

文献:(文献F)村田恭介著「読書と漢方」(「和漢薬」誌1988年9月号 通刊424号)ウチダ和漢薬発行

続きは⇒(7)漢方医学における方剤学
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2018年11月12日

『中医学と漢方医学』(5)漢方医学(日本漢方)の虚実論における錯誤

 (5)漢方医学(日本漢方)の虚実論における錯誤

 あいまいな漢方理論は、体格のみかけによって虚実を判断して良しとする誤解すら招く。
 病人を実証、虚証、虚実間の三通りに分類し、それぞれ恣意的に決められた実証向け、虚証向け、虚実間向けの各処方にあてはめようとするパターン認識の方法が漢方医学の精髄であるとするなら、極めて幼稚な医学と言わざるを得ない。

 民間療法を漢方薬より幼稚な療法であると下に見る風潮が一般であるが、このような医学であるのなら、漢方医学も民間療法に毛が生えたくらいのものだと言われてもしかたないのではないだろうか?

 このように虚実の問題一つを取り上げてみても、中医学におけるそれと比較すると、漢方医学理論が如何に底の浅い基礎理論であるかが分る。
 漢方薬がしばしば著効を現すことを認めるに吝かではないが、このような基礎理論であっては、これを医学と言うには、あまりに貧弱すぎはしないだろうか。

 たとえ複雑に理論が錯綜しようとも、より科学的で且つ論理的に体系化された中医学の基礎理論の病態認識の在り方に学ぶべき所は多い。
 基礎学という面から比較して見ても漢方医学が医学と呼ばれ、医学として誇れるほどの理論や体系があるとは、私にはとうてい思われないのである。

続きは⇒(6)中薬学に比べてあまりにも見劣りがする漢方薬学
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2018年11月11日

『中医学と漢方医学』(4)臨床実践上の虚実論の比較

(4)両医学におけるにおける臨床実践上の虚実論の比較

 私自身は漢方医学と並行して中医学を学習し始めて十数年間になるが、その過程で、漢方医学を批判的に眺めはじめたきっかけ(文献D)は虚実の問題からであった。

 漢方医学の考え方において、体質及び方剤を実証、虚証、虚実中間型に分ける特有のやり方には、多々問題があるように思われる。
 体力が余っているのを実証、体力が衰えているのを虚証と決めるやりかたは非科学的であり漠然とし過ぎている。
 実証用、虚証用、或は虚実中間用とされる方剤にしても恣意的な感を免れない。

 それに比較して、「実とは外因、内因を含めた病邪の存在を言い、虚とは生体の機能面、物質面の不足を意味する」と規定する中医学のありかたにおいては合理的な病態把握が可能である。
 即ち、多くの病人は、とりわけ慢性疾患の場合、虚実挟雑しているのが一般であり、それ故、「扶正祛邪」の治法が自明のこととなる。

 ところが漢方医学に従っていると、体力の強弱のみで虚実を論じ続けるあまり、病邪の存在の問題を忘れ兼ねない。

 例えば、桂枝茯苓丸を実証用、加味逍遙散を虚実中間用、当帰芍薬散を虚証用として恣意的に決め込んでしまい、同一の病人に、これら三処方すべてが同時に必要とする病態が存在する発想すら浮かんでこない(文献B)(文献E)。

 尤も、これは敢えてエキス製剤で投与する場合の話で、湯液で行う場合はもっと合理的な処方が可能であるが、これはもっぱら中医学理論における弁証論治でのみ成し得ることである。

文献

(文献B)菅沼栄著「中医方剤学とエキス剤」(「中医臨床」誌1988年9月 通刊34号)東洋学術出版社発行
(文献D)村田恭介著「求道と創造の漢方」1985年5月 東明社刊
(文献E)村田恭介著「加味逍遙散加桂枝桃仁について」(「和漢薬」誌1978年4月号 通刊299号)

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2018年11月10日

『中医学と漢方医学』(3)中医学基礎と漢方医学基礎

(3)中医学基礎と漢方医学基礎

 さて、中医学における前述の三つの基礎課程、即ち、中医基礎学、中薬学、方剤学は、漢方医学においては、どういうものが該当するであろうか?

 まず、中医基礎学に該当するものは当時、長濱善夫著「東洋医学概説」、西山英雄著「漢方医学の基礎と診療」などがあったが、その後、私の知る限りでは、山田・代田共著「図説東洋医学」のみである。

 漢方基礎学は、「陰陽」、「虚実」、「表裏」、「寒熱」、「気血水」を特に重視し、三陰三陽の六経弁証、日本特有の腹診法等が主であって、その他の細かいところは、傷寒論、金匱要略に重要なことはすべて書かれているとする立場が中心であるようだ。

 黄帝内経思想は、書物によっては大いに取り上げられているようだが、鍼灸治療の立場と異なって湯液治療の臨床的運用においては、それほど重要視されていないのが平均的なところであるように思われる。

 そして未だにこれが漢方医学であると示される程に体系化された教科書、または教科書的な基準が出来てはいない現実はいかにもさびしい

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2018年11月09日

『中医学と漢方医学』(2)昭和末期の漢方医学の一般的な学習方法

(2)昭和末期の漢方医学の一般的な学習方法

 ところで漢方医学においてこれ等に該当する教科書的なものはかなりいびつであった。
 私自身が過去十六年間に学習した経験を思い返してみても、主軸は漢文の素読に始まるご存じ傷寒論、金匱要略の原書。
 そして一字一句に拘泥する綿密な読解と解釈。

 この読解と解釈の為には、先人の書かれた多くの各解説書も必要であった。それになお、実践に即役立つ吉益東洞著、尾台榕堂註の「類聚方広義」、口訣集と言われる先人の臨床経験談の数々の書籍や近年の臨床家による処方解説書。

 漢方は傷寒論に始まって、傷寒論に終わるとさえ言われた時代でもあったと思うが、実際の臨床面では、傷寒、金匱の研究以外に、臨床家による処方解説書と現代人による治験例集の数々の読書によって、処方運用の実際を学びつつ、即実践に役立てていた。

 最近、仄聞したことだが、中国から某科の西洋医学を学びに来日した西洋医師が、日本の漢方は、傷寒、金匱が中心的な教材であることを知って、あまりの時代遅れに驚き、また健康保険で使用される処方内容のアンバランスさと、小柴胡湯などの乱用に等しい使い方(文献C)を見て、全くあきれ果てたということであった。

文献

(文献C)村田恭介著「漢方経験雑録」(「和漢薬」誌1988年4月号 通刊419号)ウチダ和漢薬発行

続きは⇒(3)中医学基礎と漢方医学基礎
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2018年11月08日

『中医学と漢方医学』(1)方証相対と弁証論治

1989年月刊『和漢薬』誌1月号(通刊428号)巻頭論文として掲載された拙論『中医学と漢方医学』(村田恭介著)のほぼ全文をほとんど修正せずに転載。決して古びた内容とは思えない。
 平成元年1月、本場中国の漢方、中医学が日本国内に次第に認識され始めた1980年代後半に漢方と漢方薬の業界紙に書いた拙論。当時の漢方界の時代状況の一端を反映しているはずである。

     (1)方証相対と弁証論治

 中国では「漢方」と言えば日本の伝統医学、すなわち漢方医学のことであり、中国の伝統医学はすべて「中医学」であって、漢方とは言わない。「漢方」という言葉は元来が日本語である。(文献@)  
 であるから、漢方医学と言えば日本の古方派、後世方派、折衷派を総称したものの様である。尤も昨今は折衷派が大半のように思われる。

 漢方医学の特徴を要約すれば方証相対論による処方単位のパターン認識が主体ということであろう。【病態認識】がそのまま【方剤=実際処方】として短絡的に繋がり、その病態認識ですら、方剤の名称を持って来て、何々湯証として認識される。
 常に方剤中心の医学と言っても過言ではない。後述するような中医学の中核である「弁証論治」の様に【病態認識】【治法】【方剤】【実際処方】(文献A)と連携される訳ではない。
 
 ところで近年、新たな勢力として現代中国医学、即ち中医学派が台頭しつつあるのは周知の通りである。
 この中医学とは、陰陽五行論を基礎概念として広い中国国内の多くの流派、多くの学説を整理し系統的に総括統合し平均化して構築された一大医学体系である。
 その特徴は、弁証論治が中核となる。【病態認識】【治法】【方剤】【実際処方】(文献A)と連携され、それぞれの項目において厳密且つ系統的な思考が要求される。
 その病態認識はかなり統一された豊富な専門用語によって表現され、系統的分析的に整然と把握される。その後に続く【治法】【方剤】【実際処方】においても同様である。

 この中医学の中核をなす弁証論治を多少とも満足に行えるようになるには、中医学特有の哲学理論に基づいた複雑な全体系を系統的に学習しなければならない。
 現在の中国においては、菅沼中医師によれば、「中国の中医学院では、カリュキュラムは中医基礎学、中薬学、方剤学の三課程が基礎医学の柱」(文献B)となっていると言われる。
 それ等の教科書類の原書、或はそれに類する原書は、今日かなり自由に手に入れることが出来る。但し、これら三課程は最低の基本線であることを忘れてはならない。

  文献

(文献@)張瓏英著「臨床中医学概論」自然社発行/緑書房発行
(文献A)田川和光著「漢方エキス剤の中医学的運用」(「中医臨床」誌1988年9月通刊34号)東洋学術出版社発行
(文献B)菅沼栄著「中医方剤学とエキス剤」(「中医臨床」誌1988年9月 通刊34号)東洋学術出版社発行

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2018年11月07日

『中西医結合への道』第5章:ロラン・バルトが期待していた徴候学(セミオロジー)とは、中医学における病機(≒証候名)であった!

ロラン・バルトが期待していた徴候学(セミオロジー)とは、中医学における病機(≒証候名)であった!
                    村田恭介著

 弁証論治における弁証の世界では、四診によって認識される一連の症候にもとづいて把握される「疾病の本質(病機≒証候名)」を構造とみることができる。このときの構造(病機≒証候名)は、要素集合(一連の症候)に構造法則(中医学理論という文法)を用いて解読する仕組みになっている。つまり、

 構造(病機<疾病の本質>)=要素集合(一連の症候)+構造法則(中医学理論

 と定義することができる。〔勁草書房発行・上野千鶴子著『構造主義の冒険』の15頁参照〕

 けだし、構造主義科学論の視点から見ると、中医学には「整体観」という構造論的な視点が既に確立しているのに比べ、西洋医学においては―ミクロ的にはともかく―マクロ的には構造論的な視点が比較的乏しく、このために西洋医学は非科学的と言われてもしかたがないのである。したがって、現在の西洋医学においては、

 構造(病名<疾病の本質>)=要素集合(諸検査を含めた自他各症状)+構造法則(西洋医学理論)

 という関係式は成立し得ていない。

 つまり、西洋医学には全体系を支配する構造論的観念が欠如しているために、西洋医学理論は構造法則としての文法が不完全なものであり、それゆえに西洋医学における病名は、構造分析によって導き出される「疾病の本質」を表現するものとしては、常に不完全なものでしかない。ロラン・バルトが嘆かれたのも当然なことである!

 それゆえにこそ、整体観の確立した中医学に、西洋医学を吸収合併させるべきであろうと、村田恭介は提唱するのである。ロラン・バルトやミシェル・フーコー等が、中医学を村田レベルにでも知っていたら、きっともっとスケールの大きなことを提案したに違いないのである。

 なお、中医学における記号学的な考察が別ボタンの『村田恭介主要論文集』の「No.012 脾湿についての考察」の中の一部にあるので、これをご参照願いたい。これをロラン・バルトが見たら、大喜びされたに違いない。

●「記号学的な考察」>>>⇒「病機の呼称における記号学的な問題点
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2018年11月06日

『中西医結合への道』第4章:記号学(セミオロジー)=徴候学(セミオロジー)

ミシェル・フーコーやロラン・バルトが中医学を知っていたなら
村田恭介著

 フランスのミシェル・フーコーの著作『臨床医学の誕生』(みすず書房)や、ロラン・バルトの『記号学と医学』(みすず書房発行の『記号学の冒険』中の論文)などで行われた西洋医学に対する構造分析は、極めて示唆に富むものではあるが、整体観の欠如した西洋医学が対象であっただけに、不満足な成果しか得られていないように思われる。

 たとえば、ロラン・バルトが『記号学と医学』の中では、次のように述べている。

 徴候学(セミオロジー)と名のついた書物を見れば、医学的な記号学(セミオロジー)=徴候学(セミオロジー)のいくつかの原理を容易に引きだすことができるだろうと思っていた。ところが、そうした書物は、私に何も教えてはくれなかった。

 さらに、バルトもフーコーも、

 病気を読み取るということは、病気に名前をつけることなのである。

 と指摘しているが、西洋医学的な病名=診断名を示すことで、果たして十分に「疾病の本質」が読み取られていることになるのだろうか。病名が把握できたとしても、対症療法は別にして、それが臨床的治療に直結出来ないことが多いのが、西洋医学の慢性疾患に対する弱みでもあることは、誰しも否定しないことと思われる。奇しくもそのことを先ほどのロラン・バルトの口から嘆きの言葉として吐き出されている通りである。

  一方、中医学においては、病気を読み取るということは「病機を把握すること」であり、病機は徴候(セミオロジー=一連の症候)にもとづいて把握され、病機(≒証候名)を正確に把握できれば、治療方剤もおのずと決定され、治療効果も比較的良好なことが多い。このように、中医学では臨床医学としての治療実践が、病態認識に連動して行えるように体系化されているのである。

   ロラン・バルトは、1972年に発表した前述の『記号学と医学』において、

 今日の医学は、今もなお本当に記号学的=徴候学的なものであろうか?

 と、西洋医学への大いなる問いかけを残しているが、それから32年後の今日、飛躍的に進歩・高度化した現在の西洋医学にとっても、極めて意味深長な筈である。

 それにしても、フーコーやバルトがさらに中医学をも対象として、記号学=徴候学〔症候群≒一連の症候=証候 ⇒ 証候名(病機名)≒病機〕を研究していたなら、きっと「中西医結合」の素晴らしいヒントを提供してくれていたに違いない。当時では時代の制約上、彼等が中医学を知る由もなかったのだろう。現在ではフランス国内でも中医学の学習熱が日本以上に盛んであるらしい。フーコーやバルトの後継者たちが、西洋医学と中医学の融合を目指した臨床医学の構造分析の研究が、既になされつつあるのではないかと、密かに期待しているところである。

続きは⇒ (5)ロラン・バルトが期待していた徴候学(セミオロジー)とは中医学における病機(≒証候名)
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2018年11月05日

『中西医結合への道』第3章:中西医結合への道

中西医結合への道

村田恭介著

 五臓間の整体関係については、五臓の組織構造は連繋して一体化し、機能活動は相互に強調し合っているので、五臓を関連付けて分析し、整体関係に注意してはじめて症状に対する認識を見誤ることなく有効な施治を行うことができる。それゆえ、他臓の疾病に対する脾胃の論治や、脾胃の疾病に対する他臓の論治などのことは、実際の臨床では日常茶飯事である。

 このような五臓の整体関係を重視する中医学は、スイスの言語学者ソシュールを先駆とする「構造論」的な分析方法と見事なほどに一致していると思われる。つまり、言語の様相を体系的にとらえ、各言語間の機能的連関を明らかにして言語の法則を追究する「構造言語学」を主要なモデルとする科学的な分析方法、すなわち「構造主義」を立脚点とする方法は、中国では古代から当然のように行われていたのである。中国の歴代の医家に言わせれば「なにをいまさら」という冷ややかな言葉が発せられるに違いない。

 フランスの高名な精神科医ジャック・ラカンは、ソシュールの言語学をモデルとして、「無意識は言語のように構造化している」という命題を出発点としたが、「生体内の生命活動も言語のように構造化されている」と言えるのである。と言うよりも、これは順序が逆で、もともと「人体の生命活動は構造化されたもの」であるがゆえに、その生命の宿る人間同士の意思疎通の道具である「言語」が構造化されていて当然であり、それゆえ、ラカンは「無意識は言語のように構造化されている」という命題を出発点にすることが出来たのであろう。

 五臓相関の「陰陽五行学説」は構造主義的な科学理論であり、中医学から見た人体の基本構造は「五行相関にもとづく五臓を頂とした五角形」であり、病態認識の基礎理論となる構造法則は「陰陽五行学説」にほかならない。

 この陰陽五行学説にもとづく「中医学理論」こそは、よりハイレベルな構造法則としてよりきめ細かく綿密化されてあらゆる病態に対応できるように発達・発展していく必要がある。それゆえ、ミクロ的な部分で優れた視野を持つ西洋医学の成果を中医学の不足部分を補うべく、いかに取り入れるべきなのか。

 マクロ的では整体観の乏しさから非科学性を指摘されかねない問題を残しながらも、ミクロ的な部分で高度に発達した西洋医学をより有効に活用すべく、中医学に吸収合併させるという大胆な発想も、以上の考察から少しは理解してもらえるのではないかと愚考するものの、これではまだまだ納得して頂けそうにないので、極め付の思想家二名にご登場願うことにしたい。

続きは⇒ (4)ミシェル・フーコーやロラン・バルトが中医学を知っていたなら
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ラベル:中西医結合
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2018年11月04日

中医学と西洋医学『中西医結合への道』第2章:中西医結合への道―脾胃を例として―(中医学に西洋医学を吸収合併すべし)

中西医結合への道―脾胃を例として
    中医学に西洋医学を吸収合併すべし  村田恭介著

●脾胃はすべての疾病と関連する

 「脾胃は中土に居す」と言われるように、五臓系統の中で最も中心的な部分である。ところで、小題の「脾胃はすべての疾病と関連する」との表現は、もちろん他蔵についても五臓間の整体関係から同様な表現が可能であることは言うまでもないが、脾胃系統については特に強調しておく必要がある。

 すべての疾病の基本構造は、「気血津精の昇降出入の異常と盈虚通滞」と言え、五臓の生理機能はいずれも気血津精の生化輸泄(生成・輸布・排泄)と関係がある。気血津精に過不足(太過や不及)が生じたときが病態であり、五臓間の相生・相克関係は、気血津精の生化輸泄に直接関与している。

 この疾病の基本構造にもとづいて考察すると、脾胃は中焦に位置して五臓の気機が昇降するための中軸であり、他のすべての臓腑と極めて緊密な関係があるので、脾胃に病変が発生すると他の臓腑に容易に波及し、他の臓腑に病変が生じると脾胃に容易に波及する。

 また、五臓六腑は機能活動を維持するために、精気血津液を基礎物質として必要としており、脾胃の納運する水穀精微は精気血津液を生成する基本的な源泉であるから、脾胃と精気血津液の摂納・生成・輸布・排泄とは密接な関係がある。それゆえ、脾胃に病変が発生すると他の臓腑に容易に波及し、他の臓腑に病変が生じると脾胃に容易に波及するのである。

●他臓の病変に脾胃の論治が必要な場合

 眩暈を主訴とする肝病に対して半夏百朮天麻湯が適応するとき、口内炎を主訴とする心病に対して半夏瀉心湯が適応するとき、浮腫を主訴とする腎病に対して分消湯や補気建中湯が適応するときなどがある。

 逆に、脾胃の疾病に他臓の論治が必要な場合は、嘔吐を主訴とする疾病に対して、腎系統の治療薬である五苓散が適応するときや肝胆系統の治療薬である小柴胡湯が適応するとき、下痢を主訴とする疾病に対して腎系統の治療薬である真武湯や五苓散が適応する時などがある。

続きは⇒ (3)中西医結合への道
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ラベル:脾胃
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2018年11月03日

中医学と西洋医学『中西医結合への道』 第1章:医学領域における「科学」としての中医学(中医学に西洋医学を吸収合併すべし)

 2007年頃に書いた拙論だが、長文なので5章に分けて転載
 中国古代の陰陽五行学説を構造主義科学として理解することから見えてくる中西医結合の方向性を論じたつもりだが、フランスのポストモダニストたち、とりわけミッシェル・フーコーやロラン・バルトが中医学の実体を知っていたなら、西洋医学は大きく変わっていたであろうと思われるのである。
医学領域における「科学」としての中医学
     中医学に西洋医学を吸収合併すべし  村田恭介著

 構造主義科学の論者、池田清彦氏(山梨大学教育学部教授)の諸論『構造主義生物学とは何か』『構造主義と進化論』『構造主義科学論の冒険』などを拝読して、村田流に理解したところでは、おおよそ次のようである。

 科学とは現象間の関係記述である。つまり、科学とは変転する現象間の関係を、なんらかの不変の同一性(構造・形式・公理など)によって記述しようという営為である。

 したがって、あらゆる科学理論というのは構造(構造・形式・公理など)という不変の同一性によって、現象という変なるものを変換し体系化したのもである。

 それゆえ、最終的に正しい究極の理論というものはあり得ず、より多くの現象を説明できる理論が、より有効な理論と言えるだけであり、背反する二つの理論が同じくらい有効なときでも、必ずどちらかの理論が間違っている、などということは決して出来ない。

 この二つの背反する理論の具体的な例としては、取りも直さず西洋医学と東洋医学の対比が典型的であり、西洋医学理論と中医学理論を比較すればおのずと明白である。両者における病態観の相違を検討すれば、容易に察することが出来る筈である。陰陽五行学説にもとづく中医学理論そのものがすでに現象間の関係記述という構造主義的な理論構成をなしているだけに、医学理論における極めてユニークな科学理論として、再認識してしかるべきであろう

 けだし、構造主義科学論の視点から見ると、中医学には「整体観」という構造主義的な視点が既に確立しているのに比べ、西洋医学においては(ミクロ的にはともかく)、マクロ的には構造主義的な視点が比較的乏しく、このために西洋医学は実際のところ、むしろ「非科学的」であると言われても反駁出来ないのではないだろうか。

 中医学においては、陰陽五行学説という人体観・整体観が基本原理となっており、これにもとづく中医学理論は、よりハイレベルな構造法則として常に進歩・発展していく必要がある。

 また、中医学における弁証論治では、西洋医学に当たる診断部分が「弁証」であり、四診によって認識される「一連の症候」にもとづいて把握される病機(疾病の本質)≒証候名が、その患者の疾病構造を示す病名となる。

 一方、西洋医学においては全体系の原理となる陰陽五行学説のような構造論的観念が欠如しているために、ある特定の患者の診断において、自他覚症状を含めた各種諸検査にもとづいて導き出された診断名(病名)は、その疾病構造を示すものとはなり得ていない。つまり、西洋医学理論は統一的な構造法則としての文法が不完全であるために、西洋医学における病名は、構造分析によって導き出される「疾病の本質」を表現するものとしては、常に不完全なものでしかない訳である。

 それゆえ、中医学に西洋医学を吸収合併させ、西洋医学の特色である諸検査を有効に活用する方向こそが、臨床医学という現実に即した今後の新しい医学の方向であると思えてならないのである。

 とは言え、小論の目的は我田引水的に中医学が完全無欠であると思い上がった議論を展開しているものではなく、あくまで構造主義科学論の立場から見ると、中医学理論およびその原理である「陰陽五行学説」そのものが、一つの立派な科学理論であるという証明と同時に、その視点から観察すれば、西洋医学においてさえ全体観という視点に立てば、非科学性が見えて来ることを強調しておきたいのである。

 のみならず、最も重要なことは、中医学という西洋医学とはかなり異質な医学において、ミクロ的には高度な科学性を有する西洋医学に、構造論的に見てかなり完成度の高い中医学を結合する視点を持っても良いのではないだろうか。

 科学的な理論体系として既に完成度の高い中医学に、マクロ的には完成度が低く、全体観からすればかなり非科学的でさえある西洋医学とを合併させることこそ、疾病の本質をよりよく把握し、疾病治療を最終目的とする臨床医学の要求に応え得る、より優れた医学・薬学が創造される道ではないかと愚考するのである。

続きは⇒(2)中西医結合への道―脾胃を例として―
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ラベル:中西医結合
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2018年11月02日

中医学と日本漢方の接点とは

1990年発行の「中医臨床」誌通刊42号(東洋学術出版社)に発表論文

中医学と日本漢方の接点としてのエキス剤
                       村田恭介

 中医学の特徴の一つに、手許に十分な中草薬が無い場合でも、弁証論治に基づいた代替品を利用することで、一定レベルの治療効果を確保することを可能にする融通性がある、と私は思っている。例えば、天麻が手許に無い場合、肝風内動による痙攣や震えには釣藤鈎、白僵蚕等で代用し、肝陽上亢から生じた眩暈、頭痛等では代赭石、石決明等で代替する、といった類である。
  数ある中医学の特徴の中で、このことは一見些末なことのように思えるが、限りある天然資源のことを思うと、日頃から代替品の研究と応用は身つにけておく必要があると思う。そして、その一つの代替の方法として、エキス剤等の既成品を利用して多くの疾患に対処することは、一定レベルの治療効果を確保できるものであるなら、服用者の便利さと共に、仕事上の能率の点からも好ましいものであろう。

             基本方剤の模倣

 例えば一つの問題として、中医学における基本方剤を日本で製造されているエキス剤等の既成品だけで代用することは不可能なものであろうか。
 血府逐お湯を使用したい時に、四逆散料合折衝飲各エキス合方で、地黄、桔梗に不足はあるものの、一応の基本的な効果は十分期待出来るようである。一般的にも既に広く行われている気虚血お証に補中益気湯合桂枝茯苓湯各エキス合方などは、時には補陽還五湯の代用品として通用出来なくもない。桃紅四物湯などは、桂枝茯苓丸料合四物湯各エキス合方。天麻鈎藤飲は、釣藤散料合黄連解毒湯合六味丸料各エキス合方。独活寄生湯は、疏経活血湯エキスと海馬補腎丸との合方。
 一部は牽強府会に過ぎる感はあるにせよ、弁証論治の基本から大きく外れなければ、代替品としての利用価値は計り知れない。

           「異病同治」について

 日本の古方派について、中医学派が多少とも注目に値する点があるとしたら、基本方剤をあまり手を加えずに徹底的に応用しようとする精神であろう。基礎理論の点で多くの問題があるにせよ、一つの基本的な方剤を大切にする精神は、ともすれば実際の臨床時において基本方剤の考察を忘れがちな者には、よい警鐘となるかも知れない。
 例えば、少しは経験を積んだ古方派にとっては、桂枝茯苓丸料エキス単方のみによって、一人の女性患者に合併する気管支喘息、頭痛、吹き出物、乗り物酔いを同時に治癒或いは軽快させる類のことは、それほど珍しいことではない。同じように、柴胡桂枝湯エキス単方によって小児喘息、夜尿症、自家中毒を同時に治癒或いは軽快させることなどは比較的多いものである。

 更に、古方派の行う経方単方による難治性疾患に対する治療例については、十分注目に値すると思われる。古方派の投与した方剤がどうして著効を奏したか、中医学的にはどのように解釈、説明が成り立つものか。この作業は、これからの日本の中医学派の行わなければならない課題であると同時にまた義務であると思われる。
 私自身の課題としても、過去に経験したことでありながら、桂枝茯苓丸料による気管支喘息等の多種合併する症候が治癒したメカニズムを中医学的に十分解明する能力を持てるようにならなければ、過去、古方派であった経験を活かすことが出来ないと思っている。

 ところで、敢えて極論させて頂ければ、中医学は「同病異治」の医学であり、古方派漢方は「異病同治」の世界であると言えると思う。従って、中医学は、《金匱要略》の世界を発展させたものであり、古方派漢方は《傷寒論》の世界を日本人独自の方法で発展させ、或いは踏襲したものと言えると思う。
 中国における傷寒論の研究は、過去の日本における研究人を遥かに上回る多数の人々による成果が堆積している筈であるが、一体、「異病同治」に対する研究は十分なされて来たと言えるのであろうか?

 張仲景は《傷寒論》において、外感疾患の伝変法則を検討する形式を取りながら、〈臓腑経絡を綱領として病機分析を進める方法〉の道を開き、世に知らしめた。一方、《金匱要略》においては、《傷寒論》と同様に臓腑の生理病理を根拠としてはいるが、病の種類別に病機を検討する構成をとっている。従って、《金匱要略》においては、《傷寒論》では存在しなかった「病名分類」が重要な位置を占めている。
 かくして、仲景は《傷寒論》を経とし、《金匱要略》を緯として、二書を縦横に連繋させ、以後の医学界に道標となる模範を示した。
 ところが、金元時代から学科の分化が始まって以後、病名別に病理を探求する方式が中心となり、《金匱要略》を基礎とした「同病異治」の理論研究が主体となったまま現在に至り、そして、それが中医学の基本的な特徴とさえなった観を呈しているようだ。

 つまりは、〈それぞれ異なった病機に同一の症状が出現する〉ことに対する治療方法の研究が、現在に至っても中心的な研究対象となっている現実は否定出来ない。
 反面、〈同一の病機においても多種類の症状が現われる〉ものであるが、この「異病同治」に直結する明確な概念の追及は明らかに遅れを取っている。仲景が示した模範を十分に発展させて来たとは言い難く、片手落ちの発展方向にあった過去から現在までの状況を認めざるを得ない。

        中医学と日本漢方の接点

 翻って、基礎理論が乏しいと言われる日本漢方ではあっても、日本漢方なりの独自の《傷寒論》研究により、〈「異病同治」こそ臨床的な現実である〉とした実践が多く行われて来た事実を認識する必要がある。たとえ、それが中医学の基礎理論なしに行われ、東洋医学からは異端なものであるにせよ。

 「異病同治」の基本概念は、当然のことながら《傷寒論》が鍵を握っている訳であるが、かくして日本古方派の《傷寒論》に対する精神と臨床実践は、この分野に対する有益なヒントを与えるものとなろう。日本の古方派の難治性疾患に対する著効例を、中医学的に詳細に解説できるようになれば、自ずから「異病同治」に対する概念の追及に大きな示唆を与えるに違いない。

 但し、この作業はお互いの派の協力が必要となるだけに、多くの困難が予測されるが、将来、必ずや行わなければならないことである。その気にさえなれば中医学理論に明るい者にとっては、それほど困難な作業とは決して思えない。
 中医学を更に発達させる素材が、この日本国内の足下にころがっていることを認識してほしいと思うのである。

        中医学の一部であるべき日本漢方

 ここで特に指摘しておきたいことは、日本の漢方も中国の伝統医学の一部でなければならず、従って日本の漢方は中医学の中に包括されるべきものである、ということである。さもなければ、日本の伝統医学は東洋医学における異端児のまま、更には現実に見られるように西洋医学化という邪道に陥り、いよいよ本質を忘れた似非東洋医学に堕するばかりとなろう。
 日本の漢方も本来あるべき中医学の一部として、中医学の基礎理論を持つべきであり、上記に述べた中医学における「異病同治」の概念を深く追及する足掛かりとする為にも、是非とも必要なことのように思われる。

         「異病同治」を追及する意義

 「異病同治」の概念を明確にして行くことの意義は、「病機体系」を発展的に整理し、中医学的な病名を特定できないような複雑な難治性疾患の克服に、多くの解決の糸口を与えるであろうという点にある。卑近な例では、天麻鈎藤飲加味方によって、一般の本態性高血圧患者ばかりでなく、透析治療寸前の患者の経過を好転させ、あらゆる漢方治療に抵抗を示していたB型肝炎患者を全治に近い状態にまで好転させている最近の私の経験は、この「異病同治」の実践に他ならない。
 また、現在のエキス剤等の既製品については、方剤の種類に不足があるとはいえ、応用範囲が更に拡大されることにもなり、煎薬投与の必要性を多くの点で緩和して呉れることにもなろう。
 更には重大な岐路に立つ日本漢方に、本来あるべき中医学の一部としての基礎理論を付与することになり、東洋医学としての名に恥じない新たな日本漢方として蘇生することにもなろう。

             むすび

 古方派から中医学に鞍替えしてしまった転向組の私には、古方派の欠点も長所も、共によく見えているつもりである。そこで、本音を言わせて戴けば、現状のままでは、日本漢方は基礎理論が乏し過ぎるし、東洋医学と言えるような学問的な論理性も発展性も乏しく、閉塞状態に近い存在であると思っている。と言っても、これまで述べてきたように、長所が全く無い訳ではない。

 ところで、本論で指摘したように、中医学の長い歴史において、不思議におろそかにされてきたと思われる「異病同治」に対する詳細な研究、せっかく仲景が模範を示した《傷寒論》の基本理念である〈臓腑経絡を綱領として病機分析を進める方法〉を基礎として病理の研究を行い、未整理のままの「病機体系」を確立させようとはして来なかった現実。この点については、実は「中医病機治法学」(四川科学技術出版社発行)の総論において、「病機の分析において存在する三つの問題」の中の第二番目の問題として指摘されており、これらの問題定義から生まれた書物が陳潮祖先生の大著「中医病機治法学」なのである。

 従って、拙論の論旨の一部はこの大著の学習に負うものもあるが、管見からすると、更に深く追及し完璧を期す為には、日本の古方派の思想の中にヒントが隠されていると思うのである。
 古方派の行う臨床例の中医学的な解読を行うことが出来なければ、中医学もまだまだ不完全なものと言わざるを得ないことになろう。
 逆に、このことが可能なものであるなら、「異病同治」の概念を更に明確化することに繋がり、「中医病機体系」を更に充実させる為の一つの足掛かりとなるに違いない。

 同時に、経方が中心となっているエキス剤にも応用範囲が更に拡がり、エキス剤が中医学と日本漢方の接点となることも指摘したかったのである。 かくして、東洋医学の基礎概念の欠落が顕著な日本漢方の主流である古方派漢方も、本来あるべき中医学の一部として、真の東洋医学の位置へ復帰することが出来ると思うのである。
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2018年11月01日

柴胡が欠ける日本の竜胆瀉肝湯について

竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)

             村田漢方堂薬局 村田恭介

 本方は、「肝・胆・三焦の実火で湿熱内盛」に対する方剤であり、

@上・中部の肝火(肝胆実火上擾)に対する効能と、

A下部の肝熱(肝胆湿熱下注)に対する効能

 の二種類に分類することが出来る。

 @は、肝胆の実火の上擾による頭痛(頭部の脹痛を含む)・眩暈・目が充血し腫脹と疼痛を伴う・難聴・耳の腫脹・胸脇部の脹痛など。

 Aは、肝胆の湿熱下注による小便が出渋って痛む・陰部の腫脹・陰部の掻痒・悪臭を伴う粘稠な帯下・舌質は紅・舌苔は黄・脉は弦数で力があるなど。

 臨床応用としては、自律神経失調症・偏頭痛・高血圧・頭部の湿疹・急性結膜炎・虹彩毛様体炎・緑内障・急性鼻炎・鼻前庭および外耳道癤・急性中耳炎・急性黄疸性肝炎・急性胆嚢炎・急性腎盂腎炎・急性虫垂炎・膀胱炎・尿道炎・前立腺炎・急性骨盤内炎症(急性内性器炎)・膣炎・睾丸炎・副睾丸炎・鼠径リンパ腺炎・帯状疱疹・ベーチェット病・湿疹およびアトピー性皮膚炎など枚挙に遑がない。

 上記以外の各種の疾患でも、「肝胆三焦実火・湿熱内盛」という病機の範疇に属する限りは、極めて広範囲な領域の各種疾病に応用が可能である。各種の急性感染症・皮膚疾患・眼科疾患・内分泌系疾患・泌尿生殖器系疾患・耳鼻咽喉科疾患のみならず、各種の出血性疾患や血液系疾患にまで応用可能な方剤であり、肝胆実火に対する最も代表的な方剤である。

 なお、日本国内で製造販売されている竜胆瀉肝湯エキス製剤は、出典が異なるため「柴胡」の配合が欠けているので、注意が必要である

 以上、私見に加えて、
 @潮祖先生の『中医治法与方剤 第三版』(人民衛生出版社)
 A方文賢主編『中医名方臨証秘用』(中国中医薬出版社)
 B王元武・赤堀幸雄共著『方義図解 臨床中医方剤』(医歯薬出版)
 の三冊を参考にさせて頂いた。
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ラベル:竜胆瀉肝湯
posted by ヒゲジジイ at 08:16| 山口 ☁| 基本方剤の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする