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2018年11月29日

温病学を学ばない日本漢方の杜撰(間違いだらけの漢方と漢方薬)

    温病学を学ばない日本漢方の杜撰

 医療用漢方を含めて、日本漢方には「温病学」関連の方剤が僅少である。
 傷寒論・金匱要略は聖典として重要視しても、明(みん)から清代(しんだい)にかけて急速に発達した温病学を無視し続けるから当然であろう。
 だから王孟英の『温熱経緯』はおろか呉氏の『温病条弁』を見向きもしない。

 このため、一般の風邪だけでなくインフルエンザに対しても威力を発揮する温病に対する銀翹散(ぎんぎょうさん)製剤系列の方剤(天津感冒片や涼解楽など)が使用されることもないし、ましてや医療用に採用されることもない。
 一握りの中医学専門の医師、あるいは特定の中医学薬学を重視する薬局・薬店グループ関連で取り扱われるだけである。

 日本漢方では、中国古代にまとめられた傷寒論医学ばかりに固執し、時代が下って清代に発達した温病学を取り入れようとしない。
 昨今の温暖化のみならず食料豊な時代の急性疾患に、いつまでも栄養状態が劣る時代に考案された傷寒論医学で対処しようとするのは時代錯誤に近いものと言えないだろうか。

 「温病」の概念がないまま、上気道感染症をすべて傷寒と判断する日本漢方の錯誤は是正されなければならない。
 風邪やインフルエンザを治療するのに、いつまでも傷寒論医学ばかりに固執していると、「漢方医学」は日本の伝統医学であるなどと、胸を張っておれなくなる。

 巷では、風邪に葛根湯という常識が既に崩れ始めている。病院で貰った葛根湯が意外に効かないので、薬局にかけこんだら天津感冒片や涼解楽などの銀翹散製剤が出され、これであっさり治ってしまったという例があとを絶たない。

 「傷寒論」は異病同治の模範を示したところに意義があり、「金匱要略」は同病異治の模範を示したところに意義がある。
 「温熱経緯」や「温病条弁」は現代人の急性疾患のみならず、多くの難病を解決するヒントがたくさん書かれている。

 昨今のように漢方医学に西洋医学流のエビデンス概念を取り込むことばかりに血道を上げるようでは、日本漢方の明日はないかもしれない。

  重要な付録

 《温熱経緯》は、一八〇八年に生まれ一八六七年に没した王士雄(字は孟英)が、一八五二年に編集・著述。
 内経や傷寒論中の温病に関連した条文を経とし、葉天士(外感温熱篇)・陳平伯(外感温病篇)・薛生白(湿熱病篇)など諸家の説を緯とし、歴代の医家の見解を引用して、温病の病因病機・症候・診断・治療原則などを解明している。
 のみならず、王孟英自身の臨床経験に基づき、温病を新感と伏気の二つの分類を前提とした弁証論治を提唱した。
 また、用薬上の原理や原則も検討しており、温病学説における系統的な総括を行ったものとしては歴史的に最初の著作である。
 それゆえ後学にとって大変重宝な温病学の原典の一つである。

温病条弁》は、1758年に生まれ1836年に没した呉瑭(字は鞠通)が、1798年に出版。
 急性伝染病が従来の治療方法では治りにくいことを慨嘆していた呉鞠通は、明代の呉又可著『温疫論』に触発され、葉天士(1667〜1746年)の理論から多くを学ぶ。
 とりわけ葉桂(天士)の《臨床指南医案》を重視し、自身の数々の臨床経験を総括して補足・整理し、三焦を経とし、衛気衛血を緯とした「三焦弁証」を提唱した。
 四時に生じる急性熱病(温病)をメインテーマに、温熱病と湿熱病に分類して、傷寒論医学に欠落していた温病学説を大きく前進させた。
 中医学における《温病条弁》の位置は、傷寒論と同等以上に重要な典籍となっている。

   参考文献

日本の伝統医学と言われる「漢方医学」に欠落するもの
日本漢方には「傷寒論」があっても「温病学」がないのは致命的かもしれない
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posted by ヒゲ薬剤師 at 00:00| 山口 ☁| 間違いだらけの漢方と漢方薬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする