以下は、1996年9月号の『中医臨床』誌掲載された読後感想文である。
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『アトピー性皮膚炎の漢方治療』を読んで
村田漢方堂薬局 薬剤師 村田恭介
周知のように,今年(1996年)の5月に中医臨床シリーズの第1巻目として,本誌の出版元である東洋学術出版社から『アトピー性皮膚炎の漢方治療』が出版された。
アトピー性皮膚炎は生命を脅かす疾患ではないが,激烈な皮膚掻痒感を主症状として日常生活に大きな支障を来す。ステロイド類の使用で一時的にお茶は濁せても,現代西洋医学では決定的な治療方法がなく,難治性の現代病として社会問題になっている。このため,第三の医学とも言うべき斬新な治療方法を謳う各種出版物が百花繚乱の今日ではあるが,現代東洋医学における中医学の立場から,このようなアトピー専門の書籍がはじめて出版されたことは,まことに時宜にかなっていよう。
日本漢方の立場から書かれた専門書は過去に何冊か出版されているが,本書は主として「構造主義科学」の範疇に属する中医学の立場である。それゆえ,アトピー性皮膚炎の病因・病理・治療方法などが理詰めで分析・検討されており,構造主義科学としての医学理論が現実の臨床に,どのように活用されるかを示す「お手本」としても貴重である。
ここで言う「構造」とは「物事を成り立たせている各要素の機能的な関連。または,そのようにして成り立たせているものの全体」(小学館『大辞泉』)である。それゆえ,当然のことながら生体内の生命活動は構造化されている訳であるが,中医学という構造主義科学理論においては,人体の生命活動を「五行相関にもとづく五臓を頂とした五角形」が基本構造であると捉えている。
ところで,五臓を頂とした五角形に歪みが生じたときが病態であるが,病態分析の基礎理論となる構造法則の原理は,陰陽五行学説である。陰陽五行学説にもとづく中医基礎理論は,臨床の現実に即して展開されるので,原理的に新たな理論の充実を図ることが可能である。それゆえ,治療の成否は中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し展開させるかという一事に関っている。
本書『アトピー性皮膚炎の漢方治療』では,現代の新しい難病である皮膚炎に対し,二十数名の臨床家によって様々な展開が行われている訳であるが,構造主義科学としての中医学の実践による成果が遺憾なく発揮されている。 さて,そこで問題となるのが中医学治療後の有効率・根治率や再発率である。これには専門的な統計処理が必要であり,個人個人の技術的な優劣の問題なども絡むので,難題である。
唐突にも,このような問題を提示するには理由がある。癌治療に対する問題提議として昨今話題となっている慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠氏による『患者よ,がんと闘うな』『それでもがん検診受けますか』『がん治療「常識」のウソ』『がんは切れば治るのか』などの衝撃的な内容の書籍に,漢方薬は有効性がなんら証明されていない非証明医療の一つであり云々と,民間療法と同列に扱い,けんもほろろである。小柴胡湯の副作用問題が勃発している今日だけに,なおさら近藤氏の漢方批判は鋭くなるに違いない。
月刊『文藝春秋』の8月号には東京大学の外科出身の医師が,近藤理論をサポートするような論文が掲載されており,今後は次第に日本の癌治療に対する方法が大きく改変されざるを得ないだろう。現実に我々漢方専門の薬局においても,癌治療における抗ガン剤や拡大手術による弊害,放射線治療による急死など,近藤氏が訴え続けておられることと全く一致する現象を数多く見聞している。(体力低下により手術や抗ガン剤投与が見送られていた患者さんに,我々の漢方薬で気力・体力・食欲を充実せしめた途端,手術や抗ガン剤が可能となったとの主治医の判断から,いかに多くの命が縮められたことか!)
このように,多くの点で近藤理論は説得力を持っているように思われるが,一方では我々の所で癌患者に漢方薬を用い,延命効果や苦痛除去など,クオリティー・オブ・ライフの確保に役立てている例は数知れず,根治してしまったと思われる例さえあるが,近藤氏の漢方薬に対する評価は極めて冷淡である。
ところで,多くの点で説得力を持っている近藤理論にも,例外はないのだろうか。たとえば,メラノーマ(悪性黒色腫)に対しても早期発見・早期治療の重要性を否定し,「がんもどき」理論の仮説を信じてのんびり構えていてよいものかどうか? メラノーマの専門家によれば,本病は早期発見と早期の広範囲切除以外に根治の方法は無いに等しく,抗ガン剤のみならず放射線さえも有効性が乏しいと言われているが,近藤理論をそのまま適用してよいのだろうか? もしかすると,人心を迷わす危険思想ではないのか? また「がん検診,百害あって一利なし」の主張は,すべての悪性腫瘍に通用するのだろうか?
とは言え,多くの点で説得力のある近藤氏の主張に,医学界における「黙殺」が広く蔓延しているだけに,近藤理論はすべて正解であるとするマスコミの風潮だけが目立つように感じられる。このような影響力の大きい人物による漢方薬批判に「黙殺」が続けば続くほど,小柴胡湯問題と相俟って,抗ガン剤・拡大手術に対する批判の増大とともに,漢方排斥運動さえ生じ兼ねないのではないだろうか。
近藤氏等に中医学が非科学的に見えるとすれば,「科学」の意味の何たるかをご存じないから生じる誤解であろう。科学は仮説に基づく理論大系化の試みであり,現実世界に十分有効な理論であれば,一つの立派な科学理論として成立するのである。中医学は構造主義科学理論であり,構造化された生体内を「五行相関にもとづく五臓を頂とした五角形」として捉えることから出発し,臨床に直結した医学理論として常に生体内に共通した普遍性の探究を継続し,基礎理論の確認と補完を図りつつ,最終目的である疾病状態における個体差(特殊性)の認識と治療へとフィードバックさせる医学である。
それゆえ,近年盛んに言われている「漢方の科学化」という用語法は完全に間違っており,正しくは「漢方の西洋医学化」と表現すべきである。上述のように中医学は既に科学であるのに,言語矛盾も甚だしい。中医学は科学であることをもっと強く主張すべきである。中医学は紛れもなく構造主義科学理論である。癌治療の新しい時代を切り開く近藤氏等のみならず,現在のような医療変革期においては,医学・薬学の専門家に対し,広く中医学や漢方薬の有用性を理解せしめることは急務である。中医学こそは,立派な一つの構造主義科学であるのに,いつまでも日陰に甘んじている謂れはない。
生体自身は有機的に構造化されているとともに,あらゆる自然環境および人工的な環境に影響されるとする中医学特有の「整体観」こそは構造主義科学理論の一部にほかならないが,このような構造論にもとづいた科学的な視点が西洋医学にどれほどあると言うのだろうか。西洋医学は構造論的な視覚が,中医学よりも遥かに劣っているがゆえに,多くの難治性疾患に対して無力なのではないか!
構造主義科学理論としての卓越性を理解出来ず,漢方薬が非証明医療であり民間療法と同列であるとする近藤氏の非難を覆すには,中医学専門に活躍されている多くの医師のカルテによって追跡調査を行い,有効率や根治率・再発率などの統計処理を行えば十分なことのように思われる。言うは安く行うのに様々な困難が伴うだろうが,各中医学研究会それぞれで行い,東洋医学会などで発表して頂くべきではないだろうか。
世紀末の日本は,癌治療における近藤理論や漢方薬の小柴胡湯問題,のみならず薬害エイズや安楽死の問題など,大きな社会問題として大混乱を来たし兼ねない。
このような時代にあって「中医臨床シリーズ」に対する期待は大きい。既に『アトピー性皮膚炎に対する漢方治療』が出版され,中医学の卓越性を世に訴えることが出来たと思われるが,癌治療を含めた様々な難治性疾患の治療分野でもアピール出来る出版を,大いに御期待申し上げる次第である。
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